母の遺してくれたもの

      “母の遺してくれたもの”
                                2012年8月05日
 
 昨日来の関節痛に耐えがたくプレドニン錠を服用、漸く痛みが薄らぎ床を離れました。
どうか暫く痛みが来ませんように。…

 母は1970年(昭和45年)4月4日に死去(享年66才)しました。1945年(昭和20年)終戦
により、中国から一家9人が引き揚げてきて、つてを求めては戦災に遭った祖国日本の各
地を移住しました。引き揚げ後、母にとっての25年は痛みに耐えながらの苦しみの人生で
あったことと思います。

 家族全てが生きるために必死で、母の健康に気を遣う余裕もなかったのが実情でした。
母が度々倒れるようになり、高知県の南国海岸より10㎞も離れた病院に担ぎ込まれても、
病名は高血圧で、原因は判らず、働けるようになれば無理をしていたようです。
高知県を離れ下関市に移り住んで居た私は、母に山口大学医学部付属病院の受診を勧め、
思いがけぬ病気が見つかりました。腎臓結石とのことで、手術の為開腹をしたところ、
嚢胞腎が発生していることが判り、治療の方法が無いとのことでした。
最後は昭和44年11月より入院治療を続け、病院で息を引き取りました。

 私も右腎盂結石で結石除去手術を行い、30年近く経って左尿管結石の除去手術をしました。
結石症は遺伝性のものであると医師の診断でした。以後兆候もなく、母の亡くなった年令に
なった私は定年退職で終の住処を「大阪ゆうゆうの里」に定めました。

 高齢となって、手首、足踝、膝などに痛みや腫れが起こるようになり、湿布や鎮痛剤の服用
をしていましたが、度々起こるので整形外科の専門医の診察を受けたところ、結石が原因で
病名は「疑似痛風」と診断されました。原因は遺伝体質とのことでした。 
以後、何処かの関節を狙って、突然痛みが訪れるのです。整形外科医は局部に注射をして、
内服薬プレドニン錠(ステロイド剤)を処方して下さいました。
以後、突然の痛みに備えてプレドニン錠を常備しているのです。母が遺してくれた遺伝体質に、
終生つきあってゆく定めだと、納得の日々を過ごして居る私です。

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眠れないまま高峰さんのブログを読んでいます。
痛いのは辛いですね。
関節の痛みが遠ざかることを祈っています。
高峰さんが書かれることもいくらか支えになるのではないかと思います。
わたしは今、生きるために寄りかかるようにして書いています。
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