『 フ ラ ン ス 一 周 の 旅 』

         『 フ ラ ン ス 一 周 の 旅 』
                              2014/11/18
1,992年8月6日(木曜日)出発13日間の旅に参加22名のツアーでした。

1,983年9月11日に友人に誘われて「ヨーロッパ11日間の旅」でロンドン、パリ、ローマ、
ジュネーヴ、ハイデルブルグを巡ったが、駆け足で数ヵ国を巡るよりも1ヵ国だけゆっくり
訪れたいと、よく知らないフランスをもっと知りたいと思い選びました。

08/06 成田出発 14:00 LH711(ルフトハンザ・ドイツ航空) フランクフルト着 18:55
フランクフルト発 21:35 LH4364 パリ着 22:45 (時差-7時間)ホテルにチェックイン

08/07(金曜日) 07:45パリ発ルーアンへ約75kmのバスの旅が始まる。
09:40 ルーアン“Rouen”着。ノルマンディー地方、セーヌ川沿いに広がり古い歴史を
感じさせる。かつてのノルマンディー公国の首都。

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ノートルダム大聖堂“Cathedral Notre-Dame”フランスの代表的な教会建築の一つに
数えられ、13世紀中頃に完成した建物の主な部分はゴシック様式。

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印象派の画家モネの連作で知られる。第2次大戦で被弾し補修中。

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初期ゴシック様式の左側の尖塔サン・ロマンの塔“Tour St.-Roman”とフライボワイアン
様式の右側の尖塔ブールの塔“Tour de Beurreとが好対照をなしている。朝靄に煙った
姿は重厚感があり、モネが好んで描いたのも納得。

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ノートルダム寺院の内部には優しい空間が広がる。

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大時計通りは大聖堂と旧市街広場を結ぶ遊歩道で、町一番の賑やかな通りのほぼ
中央には道路をまたぐように鐘楼がある。鐘楼の彫刻は見事、一本針の時計は文字
盤がルネッサンス様式で、絵画的な麗しさを漂わせている。

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駅からセーヌ川に向い町の中心部を抜ける中央通りはジャンヌダルク通りと言い、
大時計通りと交差する町かどは“RUS DU GROS HORLOGE”との表示がある。
旧市場広場の周辺には博物館等もあるが、時間が無く市場の散策だけで 11:10
集合のためノートルダム大聖堂前の広場に向う、1時間余りの短い滞在となった。
11:20 ルーアンを出発、セーヌ川に別れを告げ西へ向う。

13:25 バイユー“BAYEUX”着 14:00~15:00 レストランで昼食

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ノートルダム大聖堂の近くでバスを降り15~16世紀頃の古い屋並みが続く城下町を歩く。

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マチルダのタピスリー“TAPISSERIE DE LA REINE MATHILDE”見学。
美術館の1室に展示された幅50cm長さ70mのタピスリー、絵巻物にも似た織物と言うより
刺繍を施した長い布は迫力がある。レシーバー(日本語あり)に導かれて進む。歩くに従い
物語は進行し、ノルマンディー公ウイリアムのイングランド征服を描いた王妃マチルダのタピ
スリーは、戦闘の場面へと引き込まれてゆく。58の場面にわたって描かれておりそれぞれ
の場面は伝説上の動物などによって区切られている。11世紀当時のヨーロッパ風俗、文化
を知る上での貴重な遺産。大胆な表現と細やかな配慮とが見事に溶け合った傑作。
ここバイユーに来て実際に観てみなければ決して味わうことの出来ない作品なのである。

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内部写真の撮影も出来ず、絵葉書を買う時間も無く残念だった。

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ノートルダム大聖堂はノルマンゴシック様式の代表的建築。

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16:15 出発バスは西へ向う。18:35 ブルターニュ地方 “BRETAGNE”サン・マロ
“ST・MALO”到着。フランスの最西端、北は英仏海峡、南は大西洋に面してい
るのがブルターニュ地方。雨の多い半海洋性気候、独特の歴史と文化がこの
地方をフランスの中でも個性の強い地域としている。
サン・マロは城壁に囲まれた町。壁の向うに見える海、その海の向うウェールズ
から来たマロという聖人がこの町を築いたと言う。イングランドとなじみの深い土地。
サン・マロの海は干満の差が激しいのを利用して、世界でも珍しい潮流発電所が
造られた。文学の巨匠シャトーブリアンの出生地で墓もある。港からイギリスに向う
フェリーボートが出航。
19:10 ホテル・ル・ビューフォート“Hotel Le Beaufort”私達のグループ貸切とのこと。

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08/08(土曜日) 08:00 ホテル出発、09:00 モンサン・ミッシェル“LE MONT・SAINT・MICHEL”
一面グレーの砂地に浮かぶ島。中世ここに修道院が築かれて以来、巡礼の地として栄えてきた。

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島はもともと陸続きで、ノルマンディーとブルターニュに跨るシシイの森に聳える山であった。

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ところがある時津波がこの森をのみ込み、山は陸と切り離された島となってしまったと言う。

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現在陸地とは1本の堤防で結ばれている。この付近一帯は潮の干満の差が激しい。

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以前は島全体が水に囲まれたりしたが、現在は満潮時にも完全に島になる事は無い。

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その上砂は堆積される一方で、このまま行けば完全に陸続きとなってしまうとも言
われている。バスは島の手前、堤防の上で停まる。ここから先、車は入れない。

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入口の門をくぐって、城のごとく聳える僧院までは大通りと名付けられた1本の参道が
あるだけ。大通り“Grande rue”とは名ばかりの狭い坂道、観光客相手の土産物屋、
レストランが両側に犇めく。陸地と結ばれた堤防から島を見上げた時の衝撃は忘れ難い。
島と僧院とが一体になって、目の前に聳え立つ。

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8世紀の初めアブランシュの司教であった聖オベールは夢の中で聖ミッシェル
“St・Michel”のお告げを聞いた「この地に修道院を建てよ」と。

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長期の難工事を経て完成したのがこの僧院。16世紀に迄及ぶ程の長期にわたった
難工事だった。礼拝堂をはじめ幾層もの建物が増築されていった。当然ながらロマ
ネスク、ゴシックと建築様式が変化していった。

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その後聖地として多くの巡礼の徒をこの島に招くことになった。見るからに堅固なその
外観は、修道院というより、むしろ城か砦を思わせる。百年戦争中(1,339~1,453年)
は英仏海峡に浮かぶ要塞としての役目を果した。またナポレオン1世の治世には牢獄
として使われている。宗教と政治が絡み合う中で、生き長らえてきた僧院である。

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修道院“Abbey”入口から石段を上って行くと教会“Eglise”に出る。ここは島の頂上に当る。
内陣はフランボワイアン様式で身廊(入口から内陣に至る部分)はロマネスク様式、教会
の内部は中世の建築方式が混ざり合った独特のもの。ガイド付見学となっている。教会に
入り、左側の扉を抜ける。ここは西洋の驚異“Merveille de l Occident”と呼ばれる3層建築
のホールの最上層である。出た先は回廊で127本の石柱が中庭を囲んで並んでいる。
回廊の奥は僧院食堂になっている。

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下の層に移るとゴシック様式の円天井の貴賓室がある。隣は騎士の間で、ここは修道僧
たちの書斎兼休憩室であった。最下層には巡礼者たちに施し物を与えた救貧院と倉庫な
どがある。何処を見ても当時の修道僧たちの生活の面影が、色濃く残っている。

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グランドリュー“Grand rue”は観光客が増えて身動きもむつかしい位となる。

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下りる途中にあるレストラン「プラド」で昼食、大きなオムレツは2人前なので2人で頂く。

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13:30 出発南へ向う。レンヌとヴィトレ経由トゥールへとバスは進む。

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14:40 レンヌ“Rennes”到着。ブルターニュ地方の玄関口。古い木組みの家々が
並ぶ旧市街を30分位散策する。

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サン・ピェール寺院、裁判所の前庭を眺めたりして15:10 出発する。
ブルターニュ地方は、イギリスの人達が移住したので、ブリテンがブルターニュとなった。
温度が高く小麦、葡萄が育たず、リンゴから作る発泡酒「シードル」とそば粉が有名。

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16:00 ヴィトレに到着。中世紀風の城がある。11世紀に造られ1,589年現在の形に建築
されたもの。ヴィクトル・ユーゴーもこの城を観に訪れたと言う。城の写真を撮るだけ。

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16:25 出発する。18:00 ル・マン“Le Mans”オートレース場を通過。コースの一部を少し
スピードをあげてバスは走る。サーキットの気分を少し味わう。田園風景が続く。

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19:00 トゥール“TOURS”に到着。ロワール川にさしかかる。ロワール川とシェール川
の合流点に位置し、昔も今もロワール地方の中心都市である。聖マルタンの墓があり、
かつてはヨーロッパ中から巡礼が集った。ロワール地方は王朝時代のフランス語の伝
統が守られている為、トゥールにはフランス語の勉強をする学生たちが多い。
古城めぐりの拠点。  19:25 ホテル・アリアンス“HOTEL ALLIANCE”到着。

08/09 (日曜日) 08:30 出発「ロワールの古城巡り」フランス全土には約5,000
の城があり、ロワール川流域には大小併せて約80の城が集っている。
今日は4つの城を訪ねる予定。約120km

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09:20 シュノンソー城“Chateau de Chenonceau”シェール川の流れの上に建つ。
15世紀の城砦の名残である独立塔、初期ルネサンスの香り豊かな建築で、ゴシ
ックの骨格にイタリア趣味の装飾を取り付けた特異な佇まいである。

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対岸にまで渡る橋上の3層建築。この城の美しさは立地条件に負う点も多い。
「6人の女の城」と言われ、創建以来、6人の城主全てが女性で、城主たちは
自分の好みに合わせて城を改築した。

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優雅さの漂う部屋や甘い香り漂う庭園と城館。近衛兵控えの間、礼拝堂、
ディアンヌ・ドゥ・ポワチェ侯爵夫人の間、回廊、玄関、フランソワ一世の広間、
居間、蝋人形美術館、五姫の寝室、等々

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11:00まで見学、場内は写真撮影禁止。

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11:20 アンボワーズ城“Chateau d’ Amboise”ロワール川を見下ろす丘の麓に建つ、
シャルル8世が15~16世紀に築城した城塞。底辺180m 2辺200mの二等辺三角形
型敷地に建てられた広大な城郭内で、現存するのはロワール川に面した巨大円塔と、
それに接続する中央棟だけ。直径21mもあるこの塔の名はミニムの塔“Tour des Minimes”

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内部はローマのサン・タンジェロ城のような螺旋斜路(馬に乗ったまま上る事が出来る)
である。本格的なイタリア・ルネサンス様式の建築。城内での見学はガイド付、中央部
王の居住館2階にある会議用ホールは、華奢な円柱列で二分され、天井は尖塔アーチ、
暖炉には2人の天使が夫々フランスとブルターニュの紋章を支える図が浮彫にされている。
一方円柱は1本おきにユリの花と白テンの毛皮模様が彫られている。白テンはシャルル
8世の妃アンヌ・ド・ブルターニュの紋章。この建築も装飾も、まだイタリア・ルネサンスの
影響を殆ど受けていないゴシック様式。

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ユリの花はフランス王家の紋章である。この城における最も著名な事件は、
フランソワ2世時代に起きた新教徒の大虐殺。

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聖ユベール礼拝堂“Chapelle St Hubert”はゴシック・フランボワイヤンの傑作とされ、
非常に凝った造り。


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彫刻部分が多いうえに天井のリブ区画が多く、天井中央の下げ飾りも豊富である。

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正面入口の欄間には聖ユベール(8世紀ベルギーの人、狩人の守護聖人)が
森の中で十字架を額に戴いたシカの前に跪いている情景が彫られている。

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クロ・リュセ城の脇の少し下り坂の右側にレオナルド・ダ・ヴィンチがフランソワ1世に
招かれて住んだ家があり、ここで没した。当時を復元して博物館として使われている。

12:45 アンボワーズ城の見学を終え、バスの駐車場所へと歩く。小雨が降ったり止んだり。
12:50 レストランにて昼食 14:40 出発、ロワール川沿いに東に進む。橋の側に停車する。
15:00 川の向うに遠景だがショーモン城“Chaumont”がロワール川の南側に見える。

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15:20 ブロワ城“Chateau de Blois”ロワール川の右(北)岸、町の高台に聳える
この名城は駅から近く最も訪ねやすい城の一つ。コの字型のプランの各翼には
夫々建てた王ないしは王子の名前が付いている。

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中庭の奥にあるのがガストン・ドルレアン棟(ルイ13世の弟)最も新しいが、この方は
クラシックスタイルで、フランソワ・マンサールの設計である。

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先ず中央のフランソワ1世棟8角形の螺旋階段をもつ建物はルネサンス様式、
サラマンダーの紋章が至る所に見られる。螺旋階段は基本はまだゴシックに
属するが、装飾の細部ではすでにイタリア・ルネサンスの気配が濃厚だ。
シャンボール城が完成する直前に建設。

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ルイ12世棟は、フランボワイヤン・ゴシック様式の建築。煉瓦と石造りの建物
の内外には、この王の紋章であるハリネズミの彫刻が目につく。フランソワ1世
棟より10年ほど前に建てられた。

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この城で繰り広げられた数々の事件は見学の興味をそそる。最もポピュラーなのは
アンリ3世に暗殺されたギーズ公爵の物語、当時の大貴族で権力を手中にしようと
していた彼は大衆に人気があった為、王は法で裁くことが出来ず、暗殺を命じたと
言う。顔に傷のあるギーズ公は、アンリ3世の命による20人の刺客に取り囲まれ、
あえない最期を遂げた。フランソワ1世階段の奥にある部屋でのことである。直後に
公の弟も捕えられ翌日2人の遺骸は焼かれて遺灰はロワール川にばら撒かれたと言う。

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中央部城門にはルイ12世の騎馬像がある。

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フランソワ1世のシンボルマーク・サラマンダーは山椒魚。フランス王家の紋章百合の花
は城の各所に見られる。ブロワ城にはフランスの王たちが数多く住んだ。

15:20~16:30 ブロワ城の見学を終えて、シャンボール城へと向う。

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17:05 シャンボール城“Chateau de Chambord”フランソワ1世によって16世紀に着工
され生涯を通じて工事が継続された。円塔が乗った城壁を矩形に巡らせ、一辺には巨
大な天守がそびえる。ロワール地方で最も壮大な城である。この華麗な城は、住居と
してよりも狩猟や遊興の為に使われていた。当時城を囲む広大な森(約55㎢)は狩り
場だったが、現在では動物保護区になっている。建物は初期ルネサンス様式であり、
細部の装飾にはゴシック様式も見られる。部屋数は440室、煙突は365本、小鐘楼、
頂塔は多数あり、二重螺旋の豪華な大階段は人がすれ違わずに上り降りすることも
出来る。雨に煙るシャンボール城を後にして17:25 バスに乗り、18:40 ホテルに到着。
古城巡りは終了する。

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08/10 (月曜日)07:20 ホテル・チェックアウト、トゥール駅 07:58発新幹線
TGVアトランティック乗車、

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揺れは少なくテーブルは広くて安定感あり、シート、クッション良好。
10:25 ボルドー“BORDEAUX”到着。10:35 バスに乗車、観光に出発する。

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サン・タンドレ大聖堂“Cathedral St Andre”12世紀にロマネスク様式建築、その後増
改築が重ねられた。天に聳え立つように、切り裂くように一対の尖塔、高さ75m、北側
にある王の門の扉に彫られた10人の使徒と呼ばれる彫像は、ゴシック芸術の傑作の一
つに数えられている。この聖堂の東側の広場には15世紀中頃に造られた鐘楼がある。

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ペイ・ベルランの塔“Tour de Pey・Berland”贅の限りを尽くし最上部にマリアの像あり。

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アキテーヌ門“Porte d’Aquitaine”はヴィクトワール広場にある。

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12:00~13:10 ボルドー駅前に戻り、近くのレストランで昼食。

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ジロンド川は大西洋に向って流れる約100kmの川。10万Haのぶどう畑が続く。

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この畑から年間5億~6億本のワインを生み出す。ボルドー産の葡萄酒は60%が赤、40%が白。

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シャトー・フィロー“Chateau Filhot”(醸造所と葡萄園)はジロンド河口からドルドーニュ
川の両岸に広がり、品質の良い事と産出量とも世界一であると言う。

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ボルドー地方のワインは取引価格による格付けはあっても、品質の良し悪しに関して
格付けは無いと言う。

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見学と試飲を終って 15:50 出発、南下18:30 ピレネーの山麓 ポー“Pau”の町を通り、
更に南下し ルルド“Lourdes”の町へ19:20 到着する。19:40 ホテル到着。

20:15夕食後21:30 マサビエルの洞窟“Grotte de Massabielle”の泉の水を汲みに行く。

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1,858年2月11日ポー川のほとりにある洞窟の近くに14歳の少女ベルナデッド・スピルー
の前に、突然聖母マリアが現れ「その岩肌に手を触れよ」と告げた。するとそこから泉が
湧きだしたと言う。

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それが「マサビエルの洞窟」で、その聖水を飲むと病が癒えるという奇跡が相次ぎ、
今もなお人々がその奇跡を求めて、年間400万人も訪れている。

08/11 (火曜日)08:00 ホテル出発。ルルド市内観光に出かける。

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スュペリュール寺院“Basilique Superieure”は聖ベルナデッドに贈る為に造られた
ゴシック様式の清楚な教会で、そのすぐ下には豪華なパイプオルガンをもつ、ビザ
ンチン様式のロゼール教会がある。

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教会の近くには礼拝に訪れる人々の為に美しい花屋がある。

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寺院の横に回って歩くとマサビエルの洞窟があり、泉の水を汲む人々が列を作り、
世界中から集まる信者が絶えない。

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スュペリュール寺院とロゼール教会、マサビエルの洞窟そして広場には

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奇跡を求めて集ってきた信者の車椅子が続く。

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人口1万8千人のルルドの町も、4月から10月迄のシーズン中は600万人の観光客、
400万人の巡礼団が訪れる為、

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この町は人間で溢れる。1,000万人も増える訳である。

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広場の南には珍しい地下礼拝堂を有する1,958年に建てられたピオ10世寺院がある。
この地下礼拝堂は2万人の収容能力をもち、世界一を誇っている。
09:50 ルルド出発、トゥールーズに向う。12:30 トゥールーズ・レストランに到着。
14:15 昼食後出発、カルカソンヌへと向う。

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15:30 カルカソンヌ“Carcassonne”中世に出来た二重の城壁で囲まれている。

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最も古い部分はローマ時代にまで遡り、中世そのままの姿が訪れる人々をロマン
の世界へと引き込む。カルカソンヌの町は、市内を流れるオード川を挟んで下町と
城壁に囲まれたシテに分れる。城壁内の町もまた石造りの家が多く、中世当時の
町並を残している。シテ(城下町)には今でも1,000人ほどの人が住んでいる。建物
を勝手に作り直したり出来ない為、中世そのままといった感じ。48の塔を持つ城壁は、
ローマ時代に造られたものを、中世にかけて二重にするなど強化したものである。

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城壁の上から下町の様子や、はるか遠くピレネー山脈が見渡せる。

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コンタル城は12世紀に建てられ、西側の砦となっていた。

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城内にはローマ時代からの城の建て方の変化が判る石細工が残っている。

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コンタル城内見学し、サン・ナゼール寺院の手前、大劇場まで進む。

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シテの散策をして下町へ行く。

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オード川にかかる新橋や旧橋からは城塞全体を眺める事ができる。
18:00 ホテルへ到着。カルカソンヌ駅へ散策。夕食後再び駅周辺を散策する。

08/12(水曜日)07:30 朝食後テルミナス・ホテル“TERMINUS HOTEL”周辺を歩く。
08:00 東へ向けて出発、09:15 ナルボンヌ“Narbonne”バス給油の為休憩、公園と
遊園地があり30分散策する。 09:45 ニームへと向う。プロヴァンス地方は太陽に恵
まれた南仏で、パリからマルセィユに抜ける高速道路はA6「太陽の道路」と呼ばれる。
11:00 ニーム“NIMES”着。プロヴァンス“Provence”は古代ローマの属州プロヴァン
キアに由来する。ローマ時代には、この一帯はガロ・ロマン文化の栄えた地域だった。

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「古代闘技場」BC 1世紀に造られた当時は21,000人の観客を収容したと言う。

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内部の大きさは133×101m、高さ21mで、現存するローマ闘技場の中では中位、
ローマ時代この中では、奴隷同志の闘技といった残酷なものも行われた。

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現在は勿論そういう事はなく、7月にはジャズ・フェスティバル、また闘牛も5月より
行われる。石造りの建築である。

2,000年の歴史をもつ古都ニーム“Nimes”の名は泉の精マネウスス(ネモーザス)
Nemausus に由来していると言う。ニームはそこに湧く泉の周囲にできた町。
カーペットやチョコレートなどの商工業が盛んな、人口13万人、至る所にローマの遺
跡があり、フランス最古のローマ都市で、遺跡が多くアルルと似ているが、歴史は
アルルより古い。町の人口の4分の3は新教徒だと言う。
宗教改革時代には新旧両派の争いがあった。

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近年のニームは、オペラ座など諸施設のリニューアル、現代的な建築センスを取り
入れた新しい施設の建設など新たな町の活性化に取り組んでいる。1,983年にニー
ム市長となったジャン・ブスケは有名なアパレル・メーカー「キャシャレル」の創設者で
もある彼は、史跡を損なうことなく現代的センスを挿入するという町の改革に取り組ん
でいる。設計を担当したのはジャン・ミッシェル・ヴェルモット(東急文化村を設計した
建築家)で、今後新しさに向ってどのような変身を遂げて行くか益々目が離せない。

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闘技場を出てヴィクトル・ユーゴー通りからメゾン・カレへ出る。ローマ時代の
遺物などが展示されている。

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14:50 エグ・モルト“Aigues Mortes”着。カマルグの大平原の中、ローヌ河口に築かれた
城郭都市。ルイ9世が町を造った。彼はこの地を十字軍遠征のための港として譲り受けた。

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14世紀半ばまで町は栄えた。その後海とつながる水路に土砂が溜り、港としての役割
を果せなくなり、以後町は衰退の一途をたどる。かつて人口15,000人だったが4,500人
の住民がふっそりと住む。エグ・モルトは「死んだ水」の意である。町を囲むのは湿地帯、
葦の茂みの向うには永遠に流れる事のない淀んだ水。城塞は520m 高さ5m~11mである。

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ルイ9世王の像が広場に建っている。プロヴァンス地方、地中海のリゾート地に
近いため旅行者が買物に訪れ夏のシーズン中は客で町は賑わう。

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城郭の町角の似顔絵描きの周りに旅行客が立ち止り眺めていた。

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地中海に近く甘い香りのフルーツを売る店がある。プロヴァンス地方はラテンの血が
濃く開放的で気さくな明るい「フランスで最も親切」と言われている下町のような気風
の良さを持っている人々が住んでいる。
16:30 アルル“Arles”到着。ジュール・セザールホテルに荷物を下し、見学に出かける。

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レピュブリック広場には、異教徒芸術博物館、市庁舎、観光案内所、アルラタン博物館、
キリスト教芸術博物館等があり、

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中央にオベリスクが建っている。

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そしてサン・トロフィーム教会“St・Trophime”がある。中世の香りを漂わせる、心休ま
る南仏の教会である。アーチを使った建築でも、回廊は繊細、四角の空間は、歩いて
いるだけで心が内に向う。ロマネスク様式の傑作の一つと言われる。入口の上部タン
パンにある彫刻は立派。中世サンティアゴ・デ・コンポステーラへ向う巡礼路にある教会
として多くの巡礼者が足を運んだことでも知られる。(現在修復中)

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“アルル”がフランスである事が信じられない位、ローマの遺跡が多い町である。
古代のアルルはローヌ川を利用した水運の要となる港町として栄えた。しかしローヌ
川は船の運航には向かない急流である為、後にローマ人の手により地中海とこの町
を直接結ぶ運河が掘られ、港町としての機能は飛躍的に向上した。

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レピュブリック広場より教会の北を東に進むと「古代劇場跡」に辿りつく。
半円形の階段式座席が舞台を見下ろすローマ劇場、現在舞台には数本の大理石
の柱が残っているに過ぎないが、B.C. 1世紀に建設された。当時はこの柱の後に
舞台の壁が高く聳えたいた筈だ。かつて7,000人を収容出来たと言う。此処まで破
壊された今でも、毎年コンサートやオペラの会場として、劇場の役目をつとめている。

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古代劇場跡を出て北へ進むとアルル最大のモニュメント・ローマ闘技場がある。
B.C.40年頃に出来た円形闘技場としては最古の部類に属し2万5,000人もの
観客が入場できたらしい。

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2層60のアーチからなるローマ時代の闘技場。かつては3層あったと言うから、
もっと巨大だったわけである。

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収容人員12,000人直径は最も広い所で136mと、フランスで一番大きい。その昔
はここで奴隷を使った血生臭い競技が行われたそうだが、現在は復活祭から9月
まで闘牛が見られる。闘牛のある日には、闘技場の見学は休みとなる。見学を終
えて北へローヌ川に向う。ローヌ川“Grand Rhone”広大なローヌの流れに出会う。
川沿いに南に下ると崩れかけた廃墟とも言うべきコンスタンチン共同浴場跡、
横45m、奥行98mとかなり大きいもの。

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狭い道を歩きながらレピュブリック広場へ戻り、サン・トロフィーム教会に辿りつく。
18:30 ジュール・セザールホテル“JULES CESAR HOTEL”帰着、今日の観光終り。

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08/13(木曜日)09:15 出発プロヴァンス地方の観光。アルルの南約2kmにある
運河にはゴッホの描いた跳ね橋が架かっていたが、第2次世界大戦中ドイツ軍
の手で破壊されて、現在の橋は復元された跳ね橋である。

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美しいひまわりの花畑が続くこの地の田園風景を見る時、不幸であった絵描きの
ゴッホ“Vincent van Gogh”のことを思い出す。1,888年2月20日雪のアルルに来て
1,890年5月迄2年余のアルルでの晩年、猛烈なスピードで駆け抜けた最晩年であ
った。37歳の若さで死を選んだゴッホが、オランダ人である事を忘れて終う程、切っ
ても切れない町アルル。

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彼にちなんだもので、現在残っているのは復元された跳ね橋とゴッホ病院
(現在 space Van Gogh )くらいである。

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モンマジュール修道院“ABBAYE DE MONTMAJOUR”丘の上から見下す
ようにして大きな砦のような修道院がある。

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ドーデの風車小屋 フォンヴィエイス“Fontvieille”この村の近くの丘の上に1軒の
風車小屋が建っている。ドーデが1,866年頃「風車小屋だより」の連作を執筆した所。
崩れ落ちていたが今はすっかり改修されている。ローヌ川流域を吹く北風をミストラル
と言うが老人がこのミストラルで粉を挽く事を誇りにしている、プロヴァンス人の誇りが
この風車には詰っているのだ。

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レ・ボー“Les Baux”アルルからバスで30分位の所、白い石灰岩をむき出しにした岩山
が平原の中に見えてくる。ここにかつて町があった。ヴィル・モルト“Ville Morte”「死者
の町」と訳されている。中世の頃この地は南仏で最強の勢力を誇り80の町を従えてい
たと言う。しかし14世紀末にはボー家の血筋は絶え、最初はプロヴァンス公国に、後に
はフランス王国の支配へと屈していった。そして1,632年ルイ12世の宰相リシュルーに
よって町は完全に破壊され、その息の根を止められる。かつて4,000人を超えた人口も
今では200人そこそこの住民が隣りあった生者の町Villageでひっそり暮すに過ぎない。
ボーでの発掘品を展示した博物館をはじめ、城の櫓、サント・カトリーヌ礼拝堂など、丘
の上から見下すと見渡す限りオリーヴ畑、その中に石灰岩の白い岩石が点々とあり、
またボーの名をとって付けられた、ボーキサイトの赤茶けた土も見える。
レ・ボーの町を散策する。

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人形博物館に入り郷土色豊かな人形による生活感溢れる表情や衣装風俗を見学
する。「サントン人形」プロヴァンス地方独特の陶製の小さな人形で、聖者や、羊飼い、
様々な職人などをモデルにしている。クリスマスの時には、これらの人形を使い、キリ
スト降誕の飾り付けをする。毎年12月にサントン・フェアがマルセーユで開催されている。

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11:55 アヴィニオン“AVIGNON”14世紀にできた城壁で囲まれた旧市街を中心とするこの
町は、ローヌ川沿いに位置する。この町の歴史は14世紀の初めにさかのぼる。
当時イタリア国内では法王派と皇帝派が勢力を争っていたが、フランス国王フィリップ4世
の擁護を受け1,309年法王は、ローマからアヴィニオンに法王庁を移した。最終的には
1,449年にローマに戻されたが、その後もフランス革命までアヴィニオンは法王領となっていた。
またローマとアヴィニオンで2人の法王が同時にその座についていた時期もあった。
城壁の中旧市街の大通りから一歩脇道に入れば、中世からの家並みや石畳が多く残り
過去の世界へと迷いこんだ気がする。

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法王庁宮殿“Palais des Papes”巨大な壁、高さ50m、厚さ4m、面積15,000㎡、
14世紀のゴシック建築の傑作と言われている。創建者ベネディクトウス12世が
建てた北半分を、旧宮殿、引続いてクレメント6世が建てた部分を新宮殿とよぶ。
夥しい数の廊下や部屋、そして礼拝堂があり、フレスコ画も多く残っている。しかし
フランス革命の際、民衆により破壊、略奪され、内部には見るべきものがあまりない。

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ノートルダム・デ・ドン大聖堂“Notre・Dame・des・Doms”宮殿の隣にあるロマネスク
様式の建物で、法王ヨハネ22世の墓がある。

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アヴィニオン橋“Pont d’Avignon”正式名はサン・ベネゼ橋“Pont St Benezet”牧者
ベネゼが神のお告げにより12世紀に造った橋で、彼は狂人扱いされながらも、その
建造に一生をかけたと言う。完成当時は全長90m、22の橋桁があったが1,669年の
大洪水で損壊し、今では4つの橋桁と、ベネゼを祭ったサン・ニコラ礼拝堂“Chapelle
St. Nicolas”が残っているに過ぎない。ロシェ・デ・ドン公園からはローヌ川にかかる、
この橋の全景を見渡す事が出来る。

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川の途中でプツンと切れて終った橋、ローヌ川の渡し守として彼を崇めた民衆の
信仰の姿を見る事が出来る。“輪になって踊ろう”の歌で有名なアヴィニオン橋
ことサン・ベネゼ橋である。

08/14 (金曜日)08:30 ホテルの前にアルルの朝市が立つ。野菜、肉、花、香辛料等
がありサフランを買う。バスは出発、マルセイユへ向います。
09:45 エクス・アン・プロヴァンス“Aix・en・Provence”着、10:00 開館するアトリエ

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セザンヌのアトリエ“MUSEE CEZANNE”に行く。セザンヌは1,839年1月19日エクス
で生まれ1,906年最後の日まで制作を続けたアトリエ、彼の遺品が展示されている。

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エクス周辺は彼の絵で見る世界そのもの。ポール・セザンヌが生涯のモチーフとした
サント・ヴィクトワール山、トロネ街道(通称セザンヌの道)かつてキャンバスを背負って
歩いたであろう道。10:00~10:45 までアトリエの見学をする。
10:50~11:30 ミラボー通りを広場まで散策する。銀行でドルをフランに両替、フィルム
も不足したので36枚撮り3本購入、1本42フラン(¥1,260 )日本の2倍以上だった。
何処の国でも、何処の町でも市場は興味のある風景と匂いが溢れる。その国ならでは
の野菜、果物、食材が並ぶ。町角の風景を眺めながら、プラタナス並木が美しいミラボー
通りを進むと中央に噴水のある広場に辿りついた。ここに集合してバスに乗り11:30 出発。
12:20 マルセイユ“Marseille”到着、レストランまで歩き昼食。

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ノートルダム・ド・ラ・ギャルド寺院“Basilique Notre-Dame de la Garde”海抜162mの
丘に建つ寺院、始めは13世紀に出来た小さな教会だったが、1,860年に現在の大寺院
になった。ローマ・ビザンチン様式、塔の頂にはキリストを抱いた金色のマリア像が建つ。

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“マルセイユ”フランスの国歌「ラ・マルセイエーズ」はフランス革命の時、この町の市民軍
が歌ったのが始まりだと言う。パリの次ぐ大都市で人口約88万人港は紀元前600年頃フォ
カイア人によって造られた。ギリシア、ローマ時代を通じ今日までマルセイユは常に重要な
港なのだ。B.C.50年頃ローマの将軍シーザーに徹底的に破壊された為、古代の遺跡は余
り残っていない。その後ローマ帝国の支配下に入り、港町としての繁栄はアルルに譲って
いたが、中世後半には船の大型化と共に発展の一途をたどった。旧港の北側は近代施設
を誇る新港が広がり、フランス第2の商業都市であることも頷ける。旧港の南側は気持の良い
プロムナードが続き、夏は海水浴を楽しめる。ヨットや遊覧船が停泊する旧港の中央ベルジュ
埠頭“Quai des Belges”では毎朝獲りたての魚を売る漁師や、おかみさん達の生きのいい
呼び声が響く。ここからイフ島への遊覧船が出ている。

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高い丘の上から一望するマルセイユの町、港、海の美しさに時を忘れる。ジャン・ギャバン
の映画の舞台に度々使われたように、今もなお港町の哀愁を色濃く漂わせている。

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15:30~16:30 ロンシャン宮殿“Palais Longchamp”美術館などがあり、庭が広く緑が美しい。

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宮殿の庭を散策する。途中一休みしてグレープジュースを飲み、1時間後噴水のある
前庭へもどる。ソフィテル・ビュー・ポールホテル“SOFITEL VIEUX PORT”旧港の出
口にあるホテル。この旅で初めてのホテルらしい広い部屋のホテルにくつろぐ。
19:15 地中海岸にあるテラス・レストランでブィヤベース“Bouillabaisse”の夕食。

08/15(土曜日)09:00 出発、今日は聖母昇天祭のため祝日と土曜日が重なる。
港町の雰囲気が満喫できる旧港付近を通り、バスの車窓からマルセイユに別れを告げる。
高速道を通りプロヴァンス地方からコートダジュールへ、地中海岸の松の木は丸いきのこ
のような形なのは何故だろう。紺碧海岸の名の通り澄み切った大気、ふりそそぐ陽光。

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12:00 ニース“Nice”に着く。海岸通りプロムナード・デ・サングレにある超高級ホテル・
ネグレスコ“Negresco”が見えてくる。宮殿風の建物は史跡指定にされている。

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マセナ広場“Pl・Massena”四角の広場、市街のメインストリートにあたるジャン・メドサン
大通り“Av. Jean Medecin”の海岸に近い所にある。さらに東に進むと旧市街に入る。
昼食場所のレストランは準備中とのことで近くを散策する。狭い道の角を曲ると突然美
しい教会の建物が見える。市庁舎や裁判所、劇場などもここ旧市街に集っている。
またアパートの壁の色などを統一して町のイメージは明るく変わりつつある。魅力一杯の
ウインドーショッピングを楽しんでいると、レストランのマダムが準備が出来たと呼びに来る。
12:00 レストランへ、ナタトゥイーユ、魚のムニエル、野菜の煮込料理、焼きたてのパンを
篭に、にっこり笑い美味しい?と、“セ・ボン”と異口同音、デザートは3色アイスクリーム、
庶民的で、最もフランス風の、あたたかいレストランでした。
14:00 午前中で花市、野菜市が終り、広場は曇り空にかもめが舞っていました。
バスは東に向います。小高い東側の丘モン・ボロン“Mont Boron”より港コート・
ダ・ジュールを眺める。コルシカ島よりのカーフェリーが近付いてくる、見て居る間
に入港する。海の青と屋根の赤、天使の湾“Baie des Anges”と弧を描く海岸線の
パノラマを楽しむ。眼下に柔らかなニースの景色が広がる。

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14:50 シャガール美術館、ニースで一番古いスィミエ地区、高級住宅街の一画にある。

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洒落た造りになっている。1,970年国立、館内はシャガール自身の意向もあって自然光
で鑑賞できるように工夫されている。旧約聖書のエピソードを描いた17枚の油絵、水彩
画、リトグラフ、陶器、ステンドグラス、彫刻などの作品が展示。1,986年97歳で死去。
ピアノのふたの裏側の絵、最後の作品「自画像に天使の迎え」等(館内フラッシュ撮影禁止)

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15:47 ノートルダム・ド・スィミェ修道院“Monastere N.D.de Cimiez”16世紀のカトリック
教会、スィミェ公園は手入れが行き届いた美しい公園で建物がつながっている。
赤ちゃんの洗礼式に教会を訪れた一家が居た。ベンチには老婦人が語り合っていた。

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16:35 ロシア正教教会“CATHEDRALE ORTHODOXE RUSSE DE NICE”
ニコライ2世1,912年(ロシア最後の皇帝)時間が無く内部を見る事が出来なかった。

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18:00 ニース・ウェストミンスター・コンコルドホテルにチェックイン

08/16 (日曜日)09:00 モナコへ向う。ニースとモナコの中間車道に“Village”(村)と
書かれた道標が細い山道の入口を示す。ニーチェの道“Frederic Nietsche”と言う文
字も目に入る。ここはニーチェが「ツアラトウストラ」の想を得た場所であると言われ、
豊かな緑と白い岩の対照、木々の間から望まれる海の遠景が美しい。

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エズ“Eze sur Mer”の村はこのあたり、途中“GALIMARD”と言う香水工場があり、
説明を聞き2階の展示場まで製造の工程を見学する。

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1tの花でエキス1kg、原料は世界中から集められる。ここではブランド名を付ける前
のボトルがぎっしりと並ぶ。2,000種もの香水は調香師の仕事だが香りがきついの
で臭覚が効かなくなるので3時間が限度との事。
EZE VILLAGE が高い丘の孤立した頂上に城壁を巡らせて、敵の侵入を防いだこの
地方特有の要塞、村がそのままの形で保存されていると言う。

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11:00 コートダジュール、モナコの海が見える場所で撮影する。

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11:15 モナコ王国“Monaco”面積わずか1.95㎢ バチカン市国に次ぐ世界で2番目
に小さな独立国。しかし男子の後継者が途絶えた時にはフランスに併合される事
になっている。言語はフランス語で通貨もフラン。この小さな国は4つの地区に分れ
ているが、王宮のあるモナコ市とカジノで有名な高級リゾート、モンテカルロ市が有名。
先ずモナコ市でバスを下りる。路地を抜けた所が王宮前広場になっている。

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モナコ王宮、13世紀に要塞として造られたが、その後改築を重ね現在のイタリア・
ルネサンス様式の宮殿になった。要塞の一部が南の海側にわずかに残っている。
王宮内部ではきらびやかなルイ15世の間や豪華な王座の間の家具調度品を見学
できる。また中庭のフレスコ画も見事だ。

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王宮前の広場では毎日11時55分、夏には白、冬には黒の制服を着た衛兵が、
ファンファーレと共に行われる衛兵交代を100年以来続けられています。

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身動きも出来ない位の観光客が11時55分を待っていて一目見るのも大変なことだった。

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王宮見学後テラスのあるレストランで軽食、フランスパンは何処で食べてもも美味しい。
王宮から右手に海を眺めながらセント・バルブ小径を通り抜けると広場と大聖堂がある。

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モナコ大聖堂“Cathedrale”ロマネスク・ビザンチン様式建築、1,875年古くからあった、
サン・ニコラ教会の要地にテュルビー・ブレシアの石を使って建築が始まり1,884年3月
15日にはバチカンよりモナコ司教区が認められました。正面から入ると立派な内装装
飾品に目を見張る。パイプオルガン、洗礼所、祭壇、司教座、説教壇、天井にあるマリア
様のモザイク、グレース王妃の墓が中にある。ラテン語で“GRATIA PATRICIA”レニエ3
世の王妃1,982年没と刻まれている。美しい花とろうそくが供えられ参拝の人が続きます。

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14:30 モンテ・カルロのグランカジノ“Grand Casino”国営カジノなので、ここの収益
金は国の財源となり、そのお陰でモナコ国民は無税である。

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現在のモンテ・カルロの発展は1,863年4月2日天才実業家フランソア・プランが
前任者から1,856年創立の「ソシエテ・デ・バン・ド・メール・ド・モナコ」の経営を
引き継いだ事から始まる。(現在のSBM)

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彼はスぺリューグの高台に1,863年カジノ、1,864年にはホテル・ド・パリ、1,868年は
カフェ・ド・パリと現在のモンテ・カルロを代表する建築物を次々と建てました。

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1,866年時の大公シャルル3世はこの高台を自らの名をとり、モンテ・カルロと称するよう
にと条令を出し、ベル・エポック(良き時代)と、ここに来る数々の著名人がモンテ・カルロ
の名を世界中にひろめてくれました。建物はシャルル・ガルニエの設計で、ギャンブル場
と言うより高級社交場の雰囲気だ。プライベート・ルームは15時から20才以下は入場禁止、
スロットマシーンは入場無料。

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「ホテル・ド・パリ」カフェ・ド・パリの真向かいにある華麗な建物、コート・ダジュール
で最も由緒のあるホテルの一つ、1,878年に建てられた、玄関ホールでは柱、彫刻、
ラカリエールの鉢等のインテリアに目を見張る。

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16:00 ニースの海岸、プロムナード・デ・サングレ海岸沿いの全長3.5kmの大通りは
超一流のホテルが集中しており、有料ビーチにはロッカー、シャワー、と言った施設
のほかにウインドサーフィン、水上スキーなどのレンタルもある。
19:30 ネグレスコホテルにて夕食
08/17 (月曜日)09:25 ニース発 AF3154  チューリッヒ着 10:40 乗換
チューリッヒ発 14:50 LH4593 フランクフルト着 16:00
フランクフルト発 17:00 LH 710  成田着 08/18 11:15 (所要時間 11時間15分)
羽田発 16:55 NH 35  大阪着 17:55
13日間は早く過ぎて終いました。フランスの面積は54.7万㎢ 日本は37.7万㎢
人口はフランス 5,517万人  日本 1億2,500万人 とのデータを比較してみた。
フランスも一周とは言え、国内を全部巡ったわけではない。ヨーロッパには多くの
国があり、何ヵ国かは訪れたが、未知の国が多くある。訪れるたびに驚きがあり、
新たな興味が湧く。アフリカ、アメリカ、アジアと訪れたい国々のことを思いながら、
フランスの魅力に感動している私でした。


『 Happy birthday は翼に乗って 』

      『 Happy birthday は翼に乗って 』
                            2014/11/10

“Happy birthday to you …” 東京から電話で歌とお祝いの言葉が響く。
“おめでとう”のメールは遠くに住んでいる甥、姪から、心やさしい友人から、
そしてフェイスブックから祝福のメッセージが届く。
何処からでも翼に乗って私のもとへ、届けられる。

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神奈川県の甥たちからは“クロネコ”がプレゼントのBOXを届けてくれた。

無事に88歳の誕生日を迎える事が出来ました。 生きていて良かった。
 多くの人々に感謝をこめて。 “ありがとうございました”

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午後10時ベルギーより電話あり、ペテロ神父とSkypeでビデオ通話40分間
話をする。

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途中で抹茶を点てて飲んだりして、最後に“Happy birthday to you …” を
歌ってくれた。 毎年必ずSkype で祝福してくれる事は嬉しい。時差の為遅
くなったけれど、今年も忘れずに楽しい会話の時間をプレゼントしてくれた。
遠いベルギーからの贈り物に感謝! 今日は佳き一日でした。



『 誕 生 会 』

              『 誕 生 会 』
                          2014/11/06

私の住処「大阪ゆうゆうの里」20年目になる“誕生会”に参加しました。
11月生まれの入居者は5人、職員は、木村施設長と共に4人、計9人
の誕生会となりました。
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昨年は全員5人の「Petit Party」で淋しかったけれど、今年は初めてお目に
掛かる職員の方が2人も居られて賑やかな雰囲気のパーティとなりました。
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昨年に引き続き、食事サービス課長の心遣いで、今年は和食メニューの献
立で、揚げたての天麩羅を抹茶塩で頂くサービスでした。和食に合うフラン
スのワインで乾杯です。今年もウェーター・ウェートレスの役目を、生活サー
ビス課職員がされている事が、申し訳ない思いでした。
IMG_2158_convert_20141106163621.jpg
デザートのコーヒーとバースデーケーキを頂いている間に、写真が出来上が
りプレゼントされました。僅かな人数のために多くの職員の方々が、心遣い
をして楽しませて下されたことに感謝しきりでした。一人暮らしの私達に家
族に代って誕生日を祝って下さる心づくしを、毎年嬉しく受け止めています。
有難うございました。
「来年もまた逢いましょう」と職員のやさしい言葉を頂き、元気が出ました。


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