『 パ テ ィ オ ロ ー ズ 3 』

             『  パ テ ィ オ ロ ― ズ 3 』
                                   2014/05/31

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 ミニバラ「パティオローズ」の「スカーレット・オベーション」の鉢が5月24日に
到着した時は、2輪だけ開いていましたが、1週間経ち一斉に花開きました。

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赤と白のコントラストが美しい花に拍手を送りたくなりました。

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京阪沿線バラ便りを眺めながら、遠くに出掛けることが出来ない身体の
不調を託ちながら、ミニバラに話しかけている今日この頃です。

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6月には珍しい色の花が届くことになっています。楽しみに待ちましょう。

『 オ ラ ン ダ ・ ベ ル ギ ー の 旅 』

            『 オランダ・ベルギーの 旅 』
                                  2014/05/29

私が海外旅行を始めて20年が過ぎた。旅行を選ぶのにハードな行程は疲れるように
なり「JRジパング倶楽部」のツァーを検討する事態となってしまった。
1998年4月17日出発 4月27日帰国 11日間の旅行
参加14名・添乗員1名、春の花咲く美しい国を訪れることになった。

04/17 10:30 関空発 KL 868 オランダ・アムステルダム着 15:15 乗継 17:20 発
SN 73618:05 ベルギー・ブリュッセル着ホテル泊。所要時間11時間、時差7時間。

ベルギー ”BELGIUM王国” 面積3万㎢ (四国の1.5倍)・ 人口1,011万人・
首都 ブリュッセル”BRUSSEL” 言語はオランダ語圏とフランス語圏に分れる。

04/18 9:00AM 出発、南東部 WALLONE 地方へ アルデンヌの森の古城めぐり。
フランス語圏アルデンヌ地方に美しい城を訪ねます。

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ナミュール州“NAMUR”のディナンから南東へ10kmのところ、静寂な谷間に聳える
5つの尖塔がある優美な姿の小さな城ヴェーブ城“CHATEAU DE VEVES”を訪れました。

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由緒ある内部の調度品や、美術品、美しい庭園などを見学。

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北東へリュクサンブール州“LUXEMBOURG”ウルト川沿いの町デルビュイ“DURBUY”

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1331年に町の称号を公認され、現在では世界で一番小さな町、人口約500人、
コロニーのような自由な雰囲気が漂うエレガントなリゾート地。

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モザイク状に敷かれた石畳の道、石造りの可愛い家、芸術家たちの住む小さな町。
緑深いウルト渓谷に包まれるようにデュルビュイの町がある。

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9世紀に起源するDurbuy伯(後にLuxembourg伯)の城館。

ウルト川はベルギーの南部を占めるアルデンヌ高地を刻んで流れている。
高度は500mを超えないが、夏は涼しく、ベルギーのみならず隣国のオランダや
フランスの人たちにとっても格好のリゾート地として人気があります。
小さな教会で年20回以上もクラシック・コンサートが開かれる。住民の殆どが芸術家
という、この町ならではの魅力。短い通りにもそれぞれ有名人の名前が付けられている。

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アルデンヌ地方はクリスマス・ツリーの産地でもあります。

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また人口の割に高級レストランやホテルも多く、本格的なアルデンヌ料理が楽しめます。

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“LESANGUER DES ARDENNES”ここで美味しいハム、鴨etcの料理の昼食をしました。
2:50PM出発、リエージュ州“LIEGE”にあるモダ―ヴ城“MODAVE”へ向う。

ベルギーでは8世紀頃から建てられた古城が各地に残っている。
あるものは戦略的な目的から造られた堅固な城砦であり、あるものはかつての
王侯貴族の居城として優美な佇まいを見せながら今日に残る古城。
アルデンヌ地方は、その地理上の位置により、古代ローマ時代から交通、戦略の
重要なポジションにあった為、中世から18世紀にかけて数多くの城や要塞が建て
られている。それらの古城には現在も貴族の流れをくむ人々が住んでいるほか、
博物館として残されているものもある。

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モダ―ヴ城“MODAVE”は13世紀から持ち主が替り、19世紀にブルジョアの所有と
なり、ブリュッセルの水道局が買い上げる。水を機械で揚げる設備を考え出したのが、
この城主の家来であった。

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ルイ14世にこの設備を申請した。フランスと関係の深い城主(貴族)、
リエージュ“LIEGE”の司教が城を治めていた時代もあった。

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このモダ―ヴ城も、申し込めば結婚式を挙げることが出来、

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パーティもできるとのこと。

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04/19 ブリュッセル“BRUSSEL”サンカントネール公園“PARC DE CINQUANTENAIRE”
37Haの広大な公園、中央に大きな凱旋門があり、その左側には王立美術歴史博物館、
右側に軍事歴史博物館がある。

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凱旋門・1,880年にベルギー独立50周年を記念して建てられたサンカントネール門
門の上にはベルギー建国50周年を祝う4頭立ての「勝利の馬車」が聳え立っている。

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ブリュッセルの「王宮」“PALAIS ROYAL”現在の国王アルベール2世は、6代目の
ベルギー国王で、国王が国内に居るときは王宮の上に国旗がはためいています。
現在は旗が無いので国王は不在とのことでした。

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ブリュッセル公園 18世紀フランス風の均整のとれた公園。南側に王宮があり、
王宮の前から眺める北側には国会議事堂が向かい合っている。公園入口にある
ライオン像・なぜか泣き出しそうな顔をしている。

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グラン・プラス“GRAND PLACE”市の中心となる広場。中世にはコミュニティーの
中心であり、ギルド・ハウスが建てられていたが、1,695年不幸にもフランス軍の
砲撃で跡形もなくなり、現在の建築物は大部分が17世紀の終に再建された。

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華麗なイタリア風バロック様式の影響を強く受けている。中でも一際目を引く建物
は15世紀のゴシック様式の市庁舎(尖塔の上に悪魔を撃退している町の守護者、
大天使ミカエルが立っている)や「ブラバン公の館」

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そして実際には国王は一度も住んだことのないネオゴシック様式の「王の家」など、
王の家はブリュッセル市立博物館になっている。

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グラン・プラスは迷路のような路地に囲まれており、このあたり一帯を「イロ・サクレ」
とよばれる。路地にはペッパー通り、バター通り、ハーブ市通り等、名前が付けられて
いる。今では世界的に有名なレースの店やレストラン、ブティックが軒を連ねている。

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15世紀に建てられたフランボアイヤン(後期フランス・ゴシック)様式の市庁舎の中央の
塔の高さは96mあります。現在は毎日花市が立ち、日曜日には小鳥市で賑わいます。

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04/19 午後 東フランドル州 ゲント“GENT”聖バーフ大聖堂“Saint Baafss kathedraal”
地上部はゴシック様式、中に入ると高井天井、豪華な装飾に目を奪われる、1,432年完成、
200年かけて建てられたフランドル・ゴシック。

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極めつけは、ヤン・ファン・アイク作の祭壇画「聖なる子羊の礼拝(神秘の子羊)」
象徴性豊かなフランドル絵画の頂点に立つ作品、宗教画の代表作である。

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【この絵画は撮影禁止】「三位一体」遠近法298名の人物、細密画的、
寄進者の像も描かれている (旧約聖書)

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04/19 03:30pm ゲントの南西13km オーイドンク城“KASTEEL OOIDONK”13世紀に
建造16世紀に改築、スペイン様式の影響が見られる。フランドル地方の優雅さを誇る。
湿地帯の高台(砂が堆積したところ)に1,300年代に石造りの要塞の名残。

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ブリック(煉瓦)造19世紀に住居用として建造されたものを現在も住居として使用している。
内部は歴代の貴族の集めた陶器、絵画、家具等珍しいコレクションの展示がある。

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庭の木々には沢山の小鳥のさえずりが聞こえ、空気が美しい。静けさと自然が味わえる。

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04/20 ブルージュ“BRUGGE”西フランドル州、州都。ブルグ広場“BURGH”古来ブルージュの
中心であった。ゴシック様式の建物に囲まれた広場。かつてのフランドル伯の館があった処。

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4つの建物「市庁舎」「子文書館」「裁判所」「聖血礼拝堂」に囲まれている。

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市庁舎の左側にあるのはフランドル・ルネサンスの典型ともいうべき旧公記録保存館、
1,537年に建てられた、正面に正義、左にモーゼ、右にアーロンの像がある。
Oude Griffie (子文書館)

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裁判所“Paleis van het Brugse Vrije”1,727年の建造、かつての「自由都市」を示す紋章
がついている。18世紀から裁判所となっていたが現在は市観光局が使用している。

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市庁舎“Stadhuis”(1,376~1,420年)完成。フランドル最古の市庁舎、この長四角形の
建物は聖骨厨子の形に似せてある。壁間の彫像は新しく造られたもので、オリジナルは
破壊されてしまった。市庁舎内のゴシック様式の長老会堂は、今日でも尚利用されており、
ゴシックのアーチ型の天井は1,402年のもので、オーク材である。壁画にはブルージュの
富裕であった過去の姿が描かれている。

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聖血礼拝堂“H. Blood Basiliek”市庁舎の右側に見える二重構造の建物。1,150年頃に建造、

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純然たるロマネスク様式の、下部はギリシャ主教聖バジリウスの遺骨堂で1,923年に法皇
ピウス11世の勅命により聖堂(バジリカ)の資格に昇格された。

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上部の聖血礼拝堂部分は15世紀にゴシック様式に改修された。

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聖血を納める厨子は別室に陳列されている。「聖血の行列」はブルージュ最大の行事。

ブルグ広場からブレイデル小路を抜けるとマルクト広場“MARKT”に出る。鐘楼が見える。
聖血礼拝堂に入ると、十字軍が持ち帰ったという聖血(キリストの流した血)が祀られて
いる。聖血を納める厨子は別室に陳列されている。内側に祀ってある聖血はヤン・クラベ
(Jan Crabbe)によって作られた宝石で装飾した黄金の厨子の中に安置してある。
この聖血はアルザスのディデリック候(Thierry of the Alsace)が1,149年第2回十字軍の
遠征が終った時に持ち帰ったもので、その後ブルージュに祀ってある。

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ブリンデ・エーゼル小路“Blinde Ezelstraat”石畳路を馬車が通り抜ける。古い宿屋の
看板に因んで名付けられたという、この通りを抜ければ初めて街全体を横断する運河
を見ることができる。レイエ川と、幾つかの運河に沿って歩いてみると絵本で見るよう
な佇まいを発見できる。

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ブルージュが「北のベニス」と呼ばれていることも納得できる。

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ローゼンフード波止場“Rozenhoed”からはホール鐘楼の壮観を見ることができる。
いくつかの運河に沿って歩くと、人々に出会う。

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「聖母マリア教会」13世紀から16世紀にかけて建てられた。レンガの塔(1,440年)は、
122mの高さ、聖歌隊席陣内にはブルゴーニュのメリー(1,482年)と、彼女の父
チャールズ公(勇猛王・1,477年)の墓がある。

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「聖ヨハネ病院」 ミケランジェロの手による大理石の聖母子像は1,514年に
ヤン・マスクルーン“Jan Mascroen”によって、その教会に寄進された。

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その像は聖母マリアと幼児キリストを表している。その芸術品は戦争で奪われたが、
幸いにも戻された。聖ヨハネ病院に関する最古の文献は、1,181年にまで遡る内規書
である。病院が附属している修道院にはアウグスティヌス会修道女や聖ヨハネ修道士
がいて、病人の看護をしたり、貧しい旅人に宿を貸したりしていた。
一角にある古風な薬局を訪ねるのも興味深い。
昔の病室の中にあるメムリンク美術館も是非訪れたいところだったが、聖ヨハネ病院は
修復中で入れず、メムリンク美術館は見ることが出来ず残念だった。

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「ベギン修道院」Begijnhof 中世に始まったベギン会は、一人の指導者のもとに質素で
敬虔な生活を送る婦人たちの集団で、会院(ベゲインホフ)の中で起居していました。

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ブルージュのベギン会は1,245年にフランドル伯夫人によって設立されたものですが、
現在の建物は17世紀以降のものです。白い建物が緑の中庭を取り囲んで、静穏な
雰囲気を漂わせています。現在はベネディクト会女子修道院として利用されている。

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15世紀当時の儘に修道服を身にまとった修道女たちが暮している。13世紀の教会は
1,584年の大火で相当に破壊され、バロック様式で修復された。この地で1,927年に
確立されたベネディクト会の規律に従って今日の修道女たちは暮している。

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「16世紀の水門の家」は旧市街の運河と、ゲント運河に繋がる「ミンネ・ウォーター」
Minne water (愛の湖)とを結び付けている。ミンネ Minne は中世オランダ語で
「愛すること」と「共有の Common ymeene 」という意味に解される。ブルージュには
共有の内港があった。しかし人々が「愛の湖」というロマンティックな名称を選んだ
ことには、誰も異議をさしはさまないであろう。

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運河に遊ぶ白鳥はよく世話されているマスコットです。

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愛の湖と水門の家は15世紀の火薬塔がブルージュ散策の最後で目に留まる。

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「レース編み」沢山のレース屋さん、編む人たちがあふれ、幾つかの美術館では、
貴重なレース作品が展示されている。ベルギーのレースは世界的に有名で、
レース屋さんでは「レース編み台の上でレース編みを見せてくれる。

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「西フランドル州政府庁舎」マルクト広場 MARKT 市の中心となる広場(グラン・プラス)。
ギルド・ホール HALL ON BELFORT 13世紀に建設され、その後拡張されている。
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鐘楼は高さ83m、366段の階段がある。8角形の頂上は15世紀末に完成。
かいだんを登る途中に、総重量27tというカリヨン(4オクターブ・47個の鐘)や
自動演奏装置が見られる。

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マルクト広場には優雅な軒並、かつてのギルド・ハウスだった家も少なくない。

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広場の中央に英雄の像がある。州政府庁舎と郵便局はゴシック様式を再現した
建築物であり、他の建物と調和している。

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特に正面が美しい白色の州政府庁舎は人の目を引き付ける。

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04/21 アントワープ州・州都“ANTWERPEN”プラタン・モーレタス博物館
“PLANTIN MORETUS MUSEUM ”16世紀にネーデルランド最大の書籍
発行所であった。その有名な印刷業者一家が住んでいた家でもあった。

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創立者のクリストル・プランタンがアントワープに落着いたのは1,549年の事でした。
歴史的な2万冊以上に及ぶ本(ユニークな5言語による“Biblia Regia”を含む)数千に
のぼる絵の数々が隣接の市立印刷室(City Print Room)に収められていることは
世界的に有名である。

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また、プランタン・モーレタス一家が住んでいた住居部分の豊かなインテリアの
中にはP.P.ルーベンス作品なども見られる。中庭が広くて美しい。

GROEN PLASTS 広場の中心にはP.P.ルーベンスの像がある。
Groen Plasts という名は数世紀にわたって聖母教会の墓地であった
Green church yard (緑の教会境内)からきた名前です。

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ノートルダム大聖堂“Onje Lieve Vrown Kathedraal ”古い教会の上に
1,352年から建設され、完成したのは200年後という大ゴシック建築です。
塔の高さは123m。

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ルーベンスの祭壇画「キリストの降架」「聖母マリアの被昇天」など美術作品としても
見逃せないものが沢山あります。

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工事を担当した多くの建築家の中には有名なピーター・アップルマンス“Pieter Appelmans ”
と出会う事が出来ます。彼の栄誉を称える記念碑が右側の壁に沿って立っています。

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ネーデルランド(低地地方)最大のこの教会は建築に183年を要したと言います。
主要入口は偶像破壊主義者により大きな損傷を被りました。

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今世紀初めに「最後の審判」とその周りの像がネオゴシック様式で鋳直されましたが、
教会南側の塔はついに完成されることはありませんでした。プロテスタントの台頭に
伴って経済困難の時期が訪れたからです。しかしアントワープの景観の特徴とも言える
細長いゴシック様式の北塔123mの壮麗さは、これを補って余りあるのです。

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P.P.ルーベンスの像のある広場より大聖堂の塔を眺めると素晴しい。

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「市庁舎」はグロート・マルクト広場“Grote Markt ”アントワープの中心となる広場にある
16世紀ルネッサンス様式の建物で、広場中央にはブラボーの像と噴水があります。

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市役所に勤めるヤン・コルテール氏は「フランダースの犬」を通して日本とベルギー
の親善活動に努力されている方で、市庁舎の内部を案内して下さいました。

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内部も16世紀の建築なので立派です。市長の執務室は、天皇、皇后両陛下が
訪問された際、この部屋からバルコニーに出て挨拶された由、

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この由緒ある部屋でヤン・コルテール氏と記念撮影をしました。

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Nello en Patrache の像はHoboken に建立、1,989年2月27日アントワープ市長と
山本駐オランダ大使の手で除幕式が行われた。「フランダースの犬」は1,871年に
アントワープを訪れたイギリスの女流作家マリー・ルイーズ・ド・ラ・ラメーが書いた物語。

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04/22 午後オランダ“HOLLAND”へ。デルフト焼の工房“DE PORCELEYNE FLES”に

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立寄り工房の見学とショッピングをする。

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ハーグ“Den Hague”4:00pm 到着、ホテルの裏側は北海“North Sea”砂浜が広がり、
突堤には円形の建物があり、水族館とのこと。

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旗の立っている大きな建物ホテルが見えます。

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ホテル・レストランのバルコニーから9:00pm 北海に沈む夕陽、日没の写真を撮る。

04/23 9:30am 「平和宮殿」国連の下部組織である国際司法裁判所のある建物を観る。
裁判の行われていない時のみガイド・ツアーによる内部見学が可能(要予約)

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オランダの首都はアムステルダムだが、政治の中心はデン・ハーグです。
Den Hagueは、伯爵家の生垣という意味で、緑の多い落着いた雰囲気の街。
ベアトリクス女王の宮殿「ハウステンボス」はオランダ語で「森の中の館」という意味。

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郊外の鬱蒼と茂る森の中にある女王の住いの前の道をバスで通過する。

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10:05am ミニチュアタウン・マドローダム“Madurodam”オランダの有名な観どころ、
すべてが25分の1に縮小されて美しい庭の中に作られているのです。
マドロー氏がハーグ市に寄付したものとのこと。11:00まで観光、ホテルに戻る。

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12:15am出発 キューケンホフ公園“Keukenhof Lisse Holland ”(3/27~5/22迄開園)

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約2ヶ月間だけ開園、あとの期間は手入れが行われる。アムステルダムの西約35km

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北海沿岸のハ―ルレムからライデンにかけては世界有数の球根栽培地帯として知られる。

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その中ほどリッセ市にある。この公園の敷地は70エーカー(28Ha)あります。

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チューリップ、水仙、ムスカリ、ヒヤシンス等700万本もの球根花が4,000種。古い大木や
花をつけた低木、池、噴水、テーマ庭園、モダンアートの作品等情緒あふれる公園です。

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15世紀に領主であった伯爵夫人が別荘の庭園としてハーブなどを栽培したという
「キッチン・ガーデン」が「キューケンホフ」の語源。

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今もせせらぎが流れ美しい木立を生かした園内には、国中の球根栽培家や、球根
貿易商が誇る、春咲きの球根が集められ2ヶ月だけオープンする何とも贅沢な公園。

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ここではシーズン終了後に球根を掘り出し、毎年新しいガーデンプランを立て、
春咲き球根を秋に植え付ける。

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しかも開園中に花が途切れないように、同じ花の早咲きから遅咲き品種まで、
複数の球根を深さを変えて植えている。

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そして開花まで10カ月に及ぶガーデニングの成果が披露される。

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チューリップだけでも多彩な品種に圧倒され、ヒヤシンスの香りにうっとりしてしまう。

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ムスカリバーを探し当てれば、球根栽培世界一の国のガーデナーの自負が
垣間見えてくる。

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パビリオンでは随時花の特別展やフラワーアレンジメント展、蘭のショーが行われている。
むせるようなリラの香りと密生した花つきも初めて見た。アマリリスが、こんなに多種類
あるとは知らなかった。躑躅科の花が華やかに咲いていた。

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園内で働く人々はオランダの民族衣装を着ている。入園料17.50FL (¥1,225 )

チューリップは1,594年に原産地のトルコよりもたらされた、その可愛らしい花は
豪商達の間でもてはやされ、珍しい品種は投機の対象となり、最後には政府に
よる価格統制が行われ「チューリップ狂時代」は終りを告げる。

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園内の北のはずれあたりに風車がある公園の周囲は川がながれている。

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その川を隔てた向う側には限りなく広いチューリップ畑がある。

オランダには「神は地球を創ったが、オランダはオランダ人が造った」という諺がある。
質実剛健かつ勤勉な国民が造りだした大地。のどかな田園風景に点在する風車も
実はオランダの国造りの偉大な功労者だった。
ゴッホやレンブラントなどの偉大な芸術家を輩出してきた国である。

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04/24 09:00am 世界最大の生花市場「アールスメア生花中央市場(略称 V.B.A. )見学。
“Bloemenveiling Aalsmeer ”現在、総面積71万5千㎡以上(サッカー場の120倍)

V.B.A.は、切り花、鉢植え、苗木などの栽培農家の協同組合です。現在約5千の
農家が会員であると同時に競り市会場の建物の共同所有者です。

会員は自分の栽培した植物を、すべてこの競り市を通して売らなければなりません。
そして売り上げの何パーセントかを手数料として支払います。毎年の総会で5%から
6%の間に設定、維持、運営、人件費にあてる。

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V.B.A.の建物は、せり市部と業者センターの2つの部分に分れています。せり市部には、
植物搬入ホールがあり、低温の貯蔵室で植物が保管され、せり市会場があり、
ディストリビューション・ホールがあります。
会場を訪れた人たちの為に、見学ギャラリーが用意され、切り花の競売プロセスの
すべてを見学することが出来ます。せり市会場には一般の方は入場できません。

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業者センターには約350の梱包ルームがあって、輸出業者と卸売業者が発送準備の
ために利用しています。すべての植物は、搬入ホールまたは貯蔵室で、専門の検査官が、
各ロットについて品質をチェックします。検査官のコメントは、生産農家が各ロットに添付して
いる納品書に書き込まれ、その後ロットに番号が付けられ、せり市会場へ運ばれます。
「せり」は5つの競売会場で行われます。合計13の時計盤があり、同じ種類の物が常に
同じ会場でせりにかけられます。毎週5日間、朝6:30からスタート、すべてせり落されるまで
行われます。買手として参加するのは、輸出業者、卸売業者、街の花屋、街頭の花売りまで、
登録するとコード番号がつけられたバイヤーズ・カードが渡され、せりに参加出来ます。
コンピュータ処理され、その日に代金の支払まで済まされます。
毎日、約1,400万本の切り花と約150万本の植物が扱われます。
年間、約35億本の切り花、約3億7千万本の植物の取扱量となります。

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V.B.A.の従業員は1,800人以上、建物全体では約1万人働いています。
会場屋上にある2カ所のパーキング・スペースには合計3,500台駐車できます。
最新のコンピュータにより、毎日約5万件の取引情報が処理されます。
建物は、全長約800m、幅約600m、内部には約3万㎡の冷蔵スペースがあります。
毎日平均2,000台のトラックが、国内および国外に向けて出発しています。

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04/24 10:10am 観光に出発。「運河めぐり」アムステルダム中央駅から各社の遊覧船が、
15分~30分毎に約1時間のコースで出ています。水の都アムステルダム川に築かれた
ダム(堤防)165本の運河と1,292の橋をもつ、扇状に張り巡らされた運河に沿って17世紀の
豪商の館や、教会が鳴らすカリヨンの鐘の音を聞いているとタイムスリップした気分になる。

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運河に浮かぶハウスボートは、かつては商業船だったのを、住居用にリサイクル
したものを、博物館として一般公開中。

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マヘレの跳ね橋は船が下を通る時に真中から二つに分かれて持ちあがる。
16世紀よりダイヤモンド研磨の歴史ある“GASSAN ”研磨工場側の船着場で下船
研磨作業を見学する。01:15pm 中華料理店で昼食。

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午後 アムステルダム国立博物館(1,885年開館のオランダ最大の博物館)見学。
17世紀オランダ絵画の宝庫、レンブラントやフェルメールの作品他にも、陶器や家具
のコレクション等があり、全部見学するには最低半日は必要とのこと。

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レンブラントの最高傑作「夜警」フェルメールの「牛乳を注ぐ女」の他、フランス・ハルス
やヤン・ステーンなどの作品が所蔵されている。

アンネ・フランク・ハウス(ヴェスターケルクから100m)「アンネの日記」で知られている
アンネ・フランクの隠れ家を訪ねました。1,945年にナチス・ドイツのベルゲン強制収容所
で死亡しましたが、ドイツによる迫害の犠牲になったユダヤ人は600万人にのぼります。
「アンネ・フランク・ハウス」はものがたりのあるミュージアムとして保存されています。

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04/25 午前「春の花パレード」アムステルダム郊外で開催される年に一度の花祭です。

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毎年4月の最終土曜日に行われます。ノ―ルドワイク~ハーレム迄のパレードです。

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Flower Parade of the Bulb District, Noordwijk to Haarlom 花の王国が一斉に
花と新緑で埋まり、一番華やぐこのシーズンならではのイベントです。

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色とりどりの山車が1日がかりで、花と香りと音楽と、目に楽しいオランダならではの
パレードです。

午後 フォーレンダム“VOLENDAM ”昔は小さな漁村だった。緑色の木材を使った家並と、
窓辺にかかる白いレースのカーテンが愛らしい。ここで魚と野菜料理の昼食をとり、雨の
降るフォーレンダムを後にして ザーンセスカンス“ZAANSE SCHANS ”に向う。

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アムステルダムから北へ15km ザーン地方の風車が今も回っている。

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風車を見たいと思っていたら、最後の観光で風車のある風景に巡り会うことができた。

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チーズ工場、木靴工場やアンティークショップもある。
ここからアムステルダムのホテルまで約50分かかるとのこと。
雨がやっと小降りとなってきた。オランダの観光は今日が最後となる。

04/26 アムステルダム・ホテル・オークラ にて午前中自由行動。
04/26 14:20 KL 867 アムステルダム発 04/27 08:50 関空着。

 

『 パ テ ィ オ ロ ー ズ  2 』


           『  パ テ ィ オ ロ ― ズ 2 』
                                 2014/05/24

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 ミニバラ「パティオ ローズ」第2回目 5月は「スカーレット・オベーション」が
到着しました。

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花びらの表側は赤、裏側の花芯に近い部分は白で、赤と白のコントラスト
が美しい花をつけます。

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拍手を送りたくなるほど美しいことから「オベーション=拍手喝采」の名前が
ついているそうです。

4月の「サン スプリンクルズ」黄色の花は、蕾がふくらんでいます。もうすぐ
共演です。鉢植えの小さなバラを、暫く楽しみましょう。


『 中 之 島 バ ラ 園 』

          『 中 之 島 バ ラ 園 』
                             2014/05/19

今年も訪れました。3年続けて美しいバラの咲き乱れる都会のオアシスに。

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住いから一番近いバラ園です。京阪電車中之島線・なにわ橋駅で下車して直ぐでした。

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明日は天気が崩れる予報なので急遽出かけたのです。

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堂島川と土佐堀川に囲まれたバラ園は、川風が心地よく、花の香りを運んでくれます。

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そぞろ歩く人々、写真を撮る人、ベンチに休む人達、皆バラの香りにうっとりです。

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人々の数は増えるばかりでした。約310品種・約3,700株のバラは見事です。

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訪れる人々の心をなごやかにしてくれるのです。

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歩き疲れ、名残を惜しみながら帰途に着きました。

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今年も美しいバラに逢えてよかった。

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花柄を摘んだり、水を流したり、枝の整形をしたり、世話をする人たちに「ご苦労様です」
と声をかけながら、毎年、春と秋に美しい花を咲かせるよう、努力されていることに感謝。

昨年は「万博記念公園」「京都府立植物園」「靭公園」「鶴見緑地公園」「六甲山バラ園」
と短い開花期にバラを求めて歩きましたが、今年は何カ所行くことが出来るでしょうか。


『 パ タ ゴ ニ ア 大 縦 断 の 旅 』


            『 パタゴニア大縦断の旅 』

                            2014/05/04

私の海外旅行で一番長い旅でした。旅仲間6人を含む18人に添乗員1人の
ツアーでした。南米大陸最南端パタゴニア地方は自然環境が厳しく、旅行は
10月中旬~2月の短期間しかできず年末年始の混み合うシーズンとなりました。
現地のホテル、行程の予定が変更されたと知らせがあり出発しました。
 
 1992年12月25日出発1993年1月10日帰着、17日間の旅行でした。

「地の果て」という形容詞がつけられる、日本から最も遠く離れ、しかも人を
寄せ付けない厳しい大自然が残るパタゴニア。アルゼンチン、チリの南緯40度
以南、コロラド川の流れを境にパタゴニアが始まる。アルゼンチン側のパタゴ
ニアは、ステップ状の高原がなだらかに拡がる。

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ペルーのリマ空港です。

12月25日16:00出発、日本から飛行機を、ロスアンゼルス経由、ペルーのリマ
空港トランジット約1時間、アルゼンチンのブエノスアイレスと3回乗り継いで
35時間。遠い道のりをアルゼンチンのマゼラン海峡近くのリオガジェーゴスに
到着したのは12月27日09:50でした。アルゼンチン共和国の総面積276,7万㎢
日本の7倍強の広さ、人口3,103万人、公用語スペイン語、首都ブェノスアイレス。

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リオガジェーゴス“Rio Gallegos”より専用バスで北西へ向います。海抜14m
カラファテまで約320km牧羊地の続く広大な草原をバスで約6時間走り18:45
到着HOTEL宿泊。

カラファテ“CALAFATE”はパタゴニアの氷河観光のベースとして知られる町、
人口わずか1,200人冬には半分に減ってしまう小さな町。ここから約70km離れた
ペリト・モレノ氷河“Glacior Perito Moreno”、 アルヘンティーノ湖
“LAGO ARGENTINO”フィッツロイ山“Fitz Roy”など「ロス・グラシアス国立
公園」の自然が楽しめる。

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アルゼンチン政府は1937年氷河の集った景勝地を「氷河国立公園」として指定、
それが81年に世界遺産に登録された。国立公園は約6千平方キロ、公園の中には
大小12の氷河が点在する。氷河が大地を気ままに削ったあとに、水が溜ってきて
出来たアルヘンティーノ湖は、まるでイカの足のように、細い複雑な水路が張り
出している。その一つのリコ水路を横切って対岸まで押し寄せているのがペリト
・モレノ氷河。前世紀末にこの一帯を調査した探検家の名を記念してつけられた。
氷河は標高2,950mの上端から185mのアルヘンティーノ湖まで全長約30km。氷の
覆った面積は257㎢で、湖に押し出している先端部は幅約4km高さ50~60mの氷の
壁になっている。

12/28 07:00 氷河見学ツアーに出発、西へ向います。丘の上にコンドルの姿が
見えたが、遠くて望遠鏡でしかみえませんでした。ロス・グラシアス国立公園
の入口に到着。公園内の草花を摘むことは禁止です。アルヘンティーノ湖に沿
って進みます。湖の周辺には氷河が約150あるそうです。西に、南北2つの峡江
(フィヨルド)があり、それが8つの浮氷フィヨルドとなっているが、その北
フィヨルドの奥にウプサラ氷河というこの地方最大の氷河があり、幅5km 、
高さ100mの氷壁が立ちはだかっていて、この氷河は動かない。氷河の面積は
約600k㎡ 長さ80kmで、チリとアルゼンチン両国にまたがっている。

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湖に浮氷が見えてきて、次に氷河が見えてきた。パタゴニアを訪れた目的の
第1は氷河だ。アルヘンティーノ湖の奥の浮氷フィヨルドにある「モレノ氷河」
チリとアルゼンチン国境に跨る長さ50kmの氷河“Glaciar Perito Moreno”
ペリト・モレノ氷河。

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マガジャネス半島“Peninsula Magallanes”の南西端に展望台があり、そこから
湖を隔ててモレノ氷河が見られる。展望台への道は短い夏を精一杯咲いている
可憐な花々で溢れていた。氷河の末端は高さ約80m、横の幅は5kmにもおよぶ。

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光の屈折の関係で氷は美しいブルーの色を湛えている。また湖の色は氷河が
山の岩肌を削り取って進む為、その細かい粒が入りこみ、一面グリーンが
かった乳白色に見える。

冬の間は中々崩れない氷河も夏は氷が緩み、1日に10数回約80m近い氷の
柱が轟音をたてて湖に崩落する様子が見られる。

この氷河は西の分水嶺まで35kmにわたって続く。縦に亀裂の入った氷塊は、
時折静寂を破って崩れ落ち、その迫力は見る者を圧倒する。アンデス山脈
に連なるこの一帯の山岳地帯では、パタゴニアのアルゼンチン領内だけで
356もの氷河がある。

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モレノ氷河は海抜わずか185mだが、積雪量が毎年5,000mmを超えるので、
降った雪が解けずに長年降り積もり、圧縮されて氷となり、上部の積雪の
重みで氷河全体が少しずつ山間を動いて、その先端は湖に達し、さらに
氷河は湖の底130mに達してその下部を沈め、湖上に80mから100m突出し
て氷壁を作っている。上部からの雪の圧力で、今でも氷河自体が湖に向って、
少しずつ動いているので、自然の調和が破れ、その氷河の先端が割れて、
丸ビル位の高さの氷柱が物凄い音を立てて湖中に墜落する。
狭い浮氷フィヨルドでは両側に迫る山々にこだまして、その音は名状し難い
恐ろしさを覚える。

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11時40分ヘリコプターに乗って10分間氷河の上を飛行する。

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短い時間の空からの眺めは驚くほど広大なものであった。

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湖の奥には氷河を抱いた峻嶮な山々が続く。

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もっと遠くまで、この地方最大のウプサラ氷河を見に行けたら、

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どんなに素晴らしいだろうと思うと、残念だった。

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午後、湖岸に赤い草が茂っているパンパを走る。パンパはアルゼンチンの
大平原の事だが、昔ペルー山奥のケチュア族が南下してここに到り、あまり
に広大な土地を見て「パンパ」(広い土地)と言ったのがその名の始まりで、
ケチュア族はこの土地が大草原で、石も木も無いのに驚き不毛の地と言って
顧みず故国に帰って行ったという。

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19世紀中葉から欧州移民が入りこみ、人造林を作ったので今では一望千里
の、大草原の中にある牧場主の家の周囲には、ユーカリ、ポプラ、柳やオング
が生えている。土中に石が無いので耕作には大変役立った。パンパは「乾いた
パンパ」と「豊饒なパンパ」に分れる。アンデス山腹から東に下ったあたりは茨
や灌木しか生えない砂漠のような土地だが、それから東、首都ブエノスアイレス
半径800km以内は豊饒の土地で、ブエノスアイレス州全部、ラ・パンパ州、サンタ
・フエ及びコルドバ州の南部を含み、アルゼンチンの国富の本源を占めている。
アルゼンチンの人口の65%がこの地方に住んで牧畜および農業を営んでいる。

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そのパンパにはアルゼンチン全土の鉄道の70%が走り、そこからは全国の
65%の小麦と、亜麻仁が生産され、全土の羊の40%豚の70%がいる。
牛の数も、馬の数も、アルゼンチン全土でそれぞれ人口の倍の数になって
いるから、その大部分がこのパンパに棲息していることは容易に想像される。

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12/28 18:00 遊覧飛行7人乗セスナ機、2時間コースでカラファテ出発。
第2便に乗る。

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アルへンティーノ湖の上空を北へ、ロス・グラシアレス国立公園の上空を、
山また山の、雪をいただいた姿を眺めながら遊覧する。パタゴニアの山々、
太古からの大自然の景観をそのまま保っている。氷河が削り取った岩峰群
の岸壁や川や湖がある。

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FITZ ROY フィッツロイ山 3,375mの見える場所まで飛行する。
フィッツロイ山がきれいに見える日は少ないが、今日はよく見えて良かった
とパイロットもカメラを構える。雲が流れるとセスナ機は揺れて、小さな窓
から写真を撮るのは一苦労。短いフライトで残念だったが、フィッツロイの
姿が眼の底にやきついていた。

12/29 7:00 EL CALAFATE のホテルを出発。チリとの国境カンチャカレラに
12時20分、到着するまでパンパをバスで走る。9:25 エスペランサで休憩、
マテ茶を飲む。

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アルゼンチン側国境カンチャカレラで出国手続きをして1km位先にチリ側
国境がある。バスを乗り換えるので暫く待つ。

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CHILE チリ共和国、プエルト・ナタレスへ向う道はルピナスとマーガレットの花が
咲いている。道端にバスを止めて一休み。野生のルピナスが今を盛りと咲き続く。
モチヨ山(頭の平たい山)とキャスティジョ山(キャッスル山)カスパラ山が見える。

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13:30” PUERTO NATALES” プエルト・ナタレス到着。”PATAGONIA INN”
バンガロー式のパタゴニア・インは、入口の道路から広い庭の中一面に
ルピナスが咲いていて心休まる。

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ホテルのレストランで14:00より昼食、16:00 より近くの観光に出かける。

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MIL ODON の洞窟、自然の洞窟で奥行き110m 

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400万年前にこのような地形であったと推定されている。

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5,000年~2,000年前にミロドンという巨獣が実在したとのことで、
模型が置いてある。熊の一種で2,000年前位にはまだ生きていたとの
ことで、皮が残っていた。

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途中エイモズ・チェアー(悪魔の椅子)という名で呼ばれている岩があった。

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バンガロー式ホテルは、レセプション・ルーム、レストラン、個室がある。

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私の部屋は22号室で入口にリラの木があり、レストランが隣で便利。
花に囲まれた可愛いホテルに2泊。

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12/30 8:00出発、パイネ国立公園の日帰り観光、片道3,5~4時間かかる
見込みとのこと。遮るもののない草原を走るとパイネグランデが見えてくる。
この湖はヒゲロワ湖との説明がある。遠くに放牧されている羊の群れ。

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グアナコの群がゆっくり道を横切る。こぶのない駱駝のような動物で、
身長2,5m背高1,5m、敏捷だが動作は優美で、アルプスの羚羊を思わせる。

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グアナコは野生の動物でパタゴニアの高原を疾駆している。

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パイネ・グランデ“PAINE GRANDE”とパイネ・タワー“TORRES DFL PAINE”
そしてパイネ・ホーンの3つのタワーが、くっきりと重なって見える場所が
あって、そこにはサルミエント湖“SARMIENT LAKE”の案内板があり
「2,600m、2,200m、1,850m」と記されている。

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パイネ国立公園は面積1630㎢(大阪府よりやや狭い)を持つ“Tores del Paine”
は太古からの大自然の景観をそのまま保っている。氷河が削り取った標高300m
台の岩峰群の岸壁は垂直に切り立ち、川や湖がその周囲を取り巻いている。複雑
な自然環境は、変化に富んだ植物生態と多種の動物の生存を可能にしている。
1,979年ユネスコも、ここを自然保護区に指定している。南米最大の水鳥クロエリ
ハクチョウ、駝鳥の仲間であるダーウィンレア・グアナコ、ゲマルジカなど珍しい
動物の姿も見ることが出来るなど、自然の豊富さは他に類を見ない。

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公園には250kmにもおよぶトレッキング・ルートが造られ、山小屋、ホテル、
売店なども設置されている。ルートが色々あり避難小屋(無料)も整っている。
ノルデンス・クホロ湖、ペオエ湖、デル・ト―ロ湖などがあり、水は湖や川から
汲んで飲むことが出来る。

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湖に橋がかかっていて渡るとホテルがあり、レストランで昼食をとる。

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ホテルの周辺は木や花が美しい。野バラが満開で花はハマナスに似ている。

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サルト・グランデ“SALTO GRANDE”にある滝“Great Fall”までハイキング、

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滝に虹がかかって美しい。野生の草花は種類が多い。

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パイネの山々はどの方角から眺めても素晴しい。パイネからの帰途撮影。

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ホテルの前の道路沿いにルピナスの花が群生していました。

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丘一面に白いマルガリータの花が群生しているのです。

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宿泊ホテル PATAGONIA INN での夕食は、子羊のアサ―ド、バーベキュー
・ハウスでコックさんとホテルの人達で焼いていました。

12/31 07:00 出発プンタ・アレーナス“PUNTA ARENAS”へ向う途中、バス
給油のため停まり、15分間の休憩をしました。海に近い湖に黒首の白鳥
“Black necked Swan”が浮んでいますが遠くてはっきり撮れませんでした。

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バスの窓から見える広いパンパに、羊の群が馬に乗ったガウチョに追われ
ながら歩いている。

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パタゴニア博物館“MUSEO DEL RECUERDO”に到着。ここは屋外博物館。
植民地時代に港と町の間の輸送に使った小さな蒸気機関車、薪で走らせる
クラシックカー、建設工事に使ったリフト、当時の面影を偲ばせる木造の
建物などが展示されていました。鮮やかな黄色のマメ科の花が満開でした。

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パタゴニア博物館の近くに教会があり、サレジアーノ博物館には先住民の
インディオの生活用具、自然科学、動植物の展示が中心となっています。

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プンタ・アレーナスはチリ共和国最南端の町(チリ共和国は南北4,000kmにも
及びます)スペイン語で「先っぽの砂」を意味するそうです。マゼラン海峡は
町のどこからでも眺められます。16世紀の昔、荒れ狂うドレーク海峡の航海を
避け、大西洋~太平洋を往来する海峡を探し出す為、マゼラン率いる船隊が
南米大陸を南下して1,520年フェゴ島の西岸を進み、ついに南緯52°の地点で、
世界史を変えた海峡を発見した。以来1,914年パナマ運河の完成迄は、大型船
がこのマゼラン海峡を往来した。プンタ・アレーナスもその始まりと共に栄え、
終りと共に静かな田舎町にもどった。どんよりとした鉛色の海面のように、
ひっそりとした町である。(日本より12時間遅れ)今日は大晦日なのだ。
ホテルにチェックインして15:40 より2時間自由に町を散策する。

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スーパーマーケットは身動きも出来ない人出、

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ハッピー・ニューイヤーを迎える為の花火を売る店が沢山あった。

チリの人口1,275万人のうちスペイン系白人が75%スペイン以外のヨーロッパ
からの移住者20%、インディオは約10~15万人程で、南部の太平洋とアンデス
山脈の間にはアラウカーノ族の末裔が古い風習を守って暮らしている。

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チレーノス(チリ人)たちは親しみやすい。南の端にはパタゴニアの先住民
ヤ―ガン族の末裔の人々が住んでいる。顔つきはアジア人そっくりで、昔
移住したモンゴロイドの中、最も南に住んだインディオと言われる。

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プンタ・アレーナスのホテル(高級5つ星)HOTEL CABO DE HORNOS
アルマス広場に面して建つ

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カ―ボ・デ・オルノスで大晦日の年越しパーティは盛り上り明け方まで。

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1993年1月1日 マゼラン海峡を横断したフェリーが対岸のエル・ポルヴェニール
に着くフェゴ島(チリ領)で数少ない商業の町の一つ。人口約6,400人の殆どが
ユーゴスラビアからの移民で、港には「ユーゴスラビアまで18,662km」の標識が
立っている。

バスはパンパをひた走り12:40国境に到着、チリ側で昼食(ホテルのBOXランチ)
昼食後14:45 バスを乗換えてアルゼンチン側に入る。時計を1時間進めて15:45 。

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入国手続き終り「鷹」イーグルが飼育されているので写真を撮る。

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サン・セバスチャンより国道3号線に入り海沿いをリオ・グランデへとパンパを
走る。リオ・グランデ“RIO GRANDE”ホテル・アトランティダ“HOTEL ATLANTIDA”
にチエックイン。夕食はホテル・レストラン「お餅と黒豆のおせち」ディナーご馳走。

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1993/01/02 リオ・グランデはフェゴ島(アルゼンチン領)の東沿岸に位置し人口
約4万人、石油の精製工場と羊の毛皮工場がある。10:30 南へ向ってバスで出発、
国道3号線を100km 余パンパが続く。トウルイスには小さな学校、病院、教会、
キオスク等がある。

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パニヤーノ湖の畔 HOTEL KAIKEN で昼食。

ガリバルディ峠でバスを下りてビーバーの巣がある場所まで歩く。

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TIERRA MAYOR 渓谷カントリー・スキーの練習場があり、ピート・スワンク渓谷
連山が見える。オリビア山1,400m、ブリッジ・スプライア・マウンテンが見える。

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18:20 ウシュアイア“USHUAIA”に到着。アルゼンチン最南端、フェゴ島連邦
の首都。南緯54°48′西経68°19′に位置する世界最南端の都市、自由
貿易港。人口約35,000人スペインからの独立後アルゼンチン領となり1,869年
英国国教会布教団が入植、1,893年法制上の町、1,904年フェゴ島連邦首都と
なる。背後にマルティア山、前面にビーグル海峡がある。石油、天然ガスの開
発基地として栄えている。フリー・ポートで、ビーグル海峡ではカニがよく獲れ、
缶詰にして輸出している。

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1993/01/03 09:40 ビーグル海峡クルージング(約2時間半の予定)Canal
Beagle この遊覧船はアルゼンチン製で総ガラス張りの双胴船で、アザラシ
の棲息する島に近寄ってくれるとのこと。 ビーグル海峡は幅1km~9km、
水深平均19m、全長185km、東へ向って進行。

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ロス・ロボス島はアザラシ、海鵜、南極燕などが生息している。

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小さな島に群生している様を見るのは初めてで驚いた。

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アザラシ「海豹」の牡はシ―・ライオンの名のように、まるでタテガミ
のような頭部で、圧倒される大きさだ。LOBO とは狼という意味だが、
これにLOBO MARINO とつくと海狼すなわちアザラシなのだ。

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12:10 クルージングを終えてウシュアイアの港に帰る。港にはお伽のような家。

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紅いポピーの咲き乱れる庭が美しい。昼食は町のレストランでカニと魚の料理。

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13:50 フェゴ島国立公園の観光に出かける。西へ約20kmチリ国境上にロカ湖
“LAGO RACA”がある。海のように大きく周囲に雪を被った山々が見え風の音
が聞こえるばかりです。

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インディアン・ブレッドというキノコの一種にとりつかれ、瘤状に変形した
ブラック・ツリーなど珍しい植物があり、ベースとなる「ラパタイア」には、
ロッジ、カフェがあり綺麗な花が植えてありました。

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ロカ湖を中心に回るコースは50kmもあるようです。

最果ての町、ウシュアイアはビーグル海峡に面していて、背後にマルティアル山
が見える。町の中心街はサン・マルティン通り。

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ウシュアイア郵便局がある。リバダビア通り、マイプ通り、などを歩く。

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地の果て博物館“AVENTURA AUSTRA”にてはがき11枚出す。

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ビーグル海峡に南極行きの白いギリシャ船が見える。800~1,000km15日間
位の観光とのことだ。

ウシュアイア滞在は今日まで、明日はバルデス半島のトレレウへ向う予定。

1993/01/04 午前中ウシュアイアの町の散策をする。航空機の予定が遅れ
19:30 AR-653で出発。リオガジェーゴス経由、バルデス半島のトレレウ
22:10到着(時差1時間遅らせる) ホテル・ラジェントライ
“HOTEL RAYENTRAY”チェックイン、部屋は広い。

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1993/01/05 07:30 バスにてバルデス半島の観光に出発する。往復約500km
国道3号線を北上、プエルト・マドリンより2号線に入り東に入る。バルデス
半島は島が大陸と接合したような形、接合部分の幅は4km 10:00 休憩。

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北はサン・ホセ湾、南はヌエボ湾と呼ばれている。南緯42°を越えチュブ―ト
州の東端に達するところ、出島のように大西洋に突出しているのがバルデス
半島だ。ペンギン、セイウチ、アザラシなどの生息地があり、アルゼンチン
政府が保護区を設けている。カルタ・バルデス“CALTA VALDES”まで約80km
バルデス半島北端の地プンタ・ノルテ

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“PUNTA NORTE”に到着。シ―エレファントと呼ばれるパタゴニア・ゾウアザラシ
の生息地として知られている。ここから南のプンタ・セロ“PUNTA CERO”あたり
まで、広範囲に生息する。夏の繁殖期には数千頭がこの浜に集って来る。自然の
生態を乱さぬよう、近づけないので遠方から観る。象のような顔をした体長7m
体重1tにも達する雄が数10頭の雌を従えて、それぞれファミリーを形成し数千頭
が生息している。象アザラシは耳がない。一番大将のスルタン雄は20才位で体重
が5t位ある。その下に12~16才位の雄の将軍たちが居り、その下に5~7才の雄の
若い家来たちがいる。1頭の雄のスルタンを中心とするグループに940~950頭の
雌が属している。2kmにわたり各セクションに分れて生息する。

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ヌエボ湾に面した海岸にあるプエルト・ピラミデのレストランで昼食。

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海に突き出た岩が、ピラミッドのような形の岬にはアシカ、トドが生息している。
象アザラシとは違い、目もよく見え耳が外側に出ていて、牙が生えている。
この湾では10~11月の2ヶ月位鯨の遊泳が見られるという。

16:45 出発。半島の接合部分、サン・ホセ湾の西寄りに位置するパハロス島は
海鳥たちのサンクチュアリとなっており、半島の展望所にある望遠鏡で観察する
ことが出来る。オイスター、クラッチャー、イーグルが捕えた鳥を食べている。
現在50種類位の鳥が観測できる。鴎の類が多い。
1970年の調査では400種類位観測できたという。

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1993/01/06 AM8:00 トレレウ出発しプンタ・トンボ“PUNTA TOMBO”へ、

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ペンギンの保護区を訪れる。トレレウの南約120km 10:00AM到着。
野生ペンギンの集団生息地。

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体長50cm前後の南極ペンギンで、3月の終から8月の間は、もっと
暖かい処へ移動する為観ることは出来ない。

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南半球には約17種のペンギンがいるがここで観られるのは2種だけ。
マゼラン・ペンギンと言うそうだ。

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保護区5kmの間に150~200万尾密集して生息しているとのことである。

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海岸から800mの場所まで巣を作っている。

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ゆるやかな傾斜地に掘られた数千にものぼる愛の巣から伝わる
生命の詩は原生への回帰であり感動的だ。


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8月に雄が9月に雌が南から来る。一夫一婦制である。10月カップル誕生、
11月半ば卵を2個産む。36日間雌雄交代で卵を温め、雛が孵る。

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1月には雛の毛が抜け変る。毛の色の薄い子供のペンギンはぬいぐるみの
ように可愛い。2尾ずつ仲良く一緒に佇んでいる様子は微笑ましく見える。

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あと3カ月ここに生息し、ベビーも成長したら暖かいところへと移動して
行くのだろう。早く大きくな~れ!!

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ペンギンは南半球にだけ生息していると言う。

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崖の上まで進むと見渡す限りの浜を埋めるペンギンの群や、巧みに泳いで
海中で餌をとるかれらの生態が観察できる。いつまで眺めても見あきることが
ない。もっとここに居たいと思ったのに2時間はまたたく間に過ぎてしまった。

14:00~15:00 昼食、ここのレストランは美味しくて手際の良いサービスは満点。

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16:00 パタゴニア恐竜博物館の見学。

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道すがらついてきた子供たち、姉妹と弟かな?
スーパーマーケット等に立寄りショッピングしながらホテルに帰る。このホテル3泊目。

1993/01/07 11:30 AR-633 出発、ヴェノスアイレス 14:05 着時差修正1時間進める。
BUENOS AIRES HOTEL PLAZA チェックイン、17:00 バスで市内観光に出かける。
フロリダ通りのホテルを出てコルドバ大通り、コロン劇場の前より国会議事堂へ向う。

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5月広場の北側にあるメトロポリタン大聖堂に入る。

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18世紀中頃に建設開始1827年完成。外観が素晴らしいが
雨の為写真撮れず、残念。

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内部右手にはチリやアルゼンチン、ペルー等の独立の
担い手となった南米解放の父ホセ・デ・サンマルティン
将軍“General Jose de San Martin ”の遺体が護衛兵
に守られ安置されている。

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ヴェノスアイレスで最も古い5月大通りを中心に、政治、経済の中枢が集まる
モンセラート地区、セントロの5月広場から南側に広がるサンテルモ地区と
ボカ地区に向って出発。サンテルモ地区は、植民地時代は高級住宅街だったが、
1,880年代から上流階級の人々は市北部に移り、この界隈はイタリア系などの
移住者の住む庶民の町になった。

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ボカ地区もヨーロッパからの移住者が辿りつき根を下した場所で、

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タンゴ発祥の地として有名な港町で、古くからボヘミアンや芸術家たちが集る
異国情緒あふれる地でもあった。

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ボカ出身の画家ベニート・キンケーラ・マルティンや、詩人のファン・デ・ディ
オス・フィリベルト等は「ボカ共和国」という自称共和国を作り、生涯にわたり
この地を愛した。

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小径を意味するタンゴの不朽の名作「カミニ―ト」はフィリベルトの作で、その
モデルとなった100m足らずの路地がボカの一角に公園となって残っている。

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鮮やかな色に塗られた家並が続くこの路地は、フィリベルトの親友だった
キンケーラ・マルティンが、彼とその作品を記念して国鉄用地を貰い受けて
作ったもので、日曜日には絵画やモザイク等を並べた野外ギャラリーとなる。

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カラフルな家並が両側に続くカミニ―トは、芸術家の町ボカを代表する伝説の小径。
「移住者たちの憂愁」哀しく激しい愛の詩タンゴ、今をときめく「タンゴ発祥の地」
と呼ばずにこの地区は語れない。ここには旅情をそそられる独特の雰囲気がある。

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このあたりの酒場に集った船乗りたちが口ずさんだタンゴのメロディーが
アルゼンチン・タンゴとして世界へ流れていったのだそうだ。
キンケーラ・マルティンが創設した「ボカ美術館」が港町ボカの風情を残す
ローチャの曲り角に面した学校に併設されている。ともに良き時代の、古き
時代のヴェノスアイレスの面影がうかがえる地区である。

ヴェノスアイレスの繁華街フロリダ通りでショッピングを楽しみヴェノスアイレス
最後の夕食は、エンパナ―ダ“Empanada”という、アルゼンチンの名物料理。

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23:20 より約2時間“Casa Blanca ”小劇場にタンゴショーを観に行く。

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客席500席位。本格的なタンゴのほかアルゼンチンのボレロ、フォルクローレ
などを組合せたプログラムのショーを楽しむ。

1993/01/08  09:20 ~10:25 コロン劇場 “Teatro Colon”の見学。

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ラテンアメリカで最も抒情的な劇場で、アルゼンチンの誇る文化と芸術の殿堂
でもある1,908年の建設になるイタリア・ルネサンス様式の風格ある建物。

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世界三大劇場の一つ(パリのオペラ座、ミラノのスカラ座とならぶ)

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フランス製大理石ギャラリー、有名な音楽家グノーの像などもある。

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観客席は3,432席立見を含めて4,500人を収容する。

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内部の装飾は見事。700個の電灯で飾られたシャンデリア。

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世界的に有名な演劇やオペラ、バレエ、コンサート、
シンフォニー・オーケストラの演奏などが行れ、かつては
ヨーロッパで話題になったオペラも1ヶ月遅れで観られると
まで言われた。

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ドームのデコレーションは国家的画家ラウル・ソルディ“Raul Soldi”の
手による1,966年天井の画を描いた。3月から11月にかけてが、国際的な
コンサート・ツァーのシーズン。100以上のプログラムが開催される。

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現在27年ぶりにシャンデリアを下して修理中、幕は3,000kgあるとのこと。

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内部に設けられた博物館の見学ツァーが予約すれば出来るので出発する。

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舞台装置を製作する処、俳優やオーケストラの稽古場、メイクアップ室、
などを見て回るのに約70分かかった。

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かつらは1万余、靴は2万足も用意されている由。
マリア・ロレンス、アルバディスが造ったという、舞台と同じ面積の
バレエ等の練習をする場所もあった。


13:55 AR-380 ブェノスアイレス出発 18:10 ペルー・リマ着トランジット19:35 出発
21:58 ロスアンゼルス到着(時差17時間-)AIRPORT MARINA 宿泊。

1,993/01/09 12:25 NW-001 出発 機中泊(成田まで約10時間)

1,993/01/10 16:45 成田到着 長い旅が終った。

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